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2000年8月号

温度のお話

第5回 計測を考える

(有)ケイ企画 代表取締役/エム・システム技研 顧問 西尾 壽彦

 これまで温度計測を利用して他の物理量を計測する事例を紹介してきましたが、温度計測を巧妙に活用することにより、他の計測の精度を高めたり、各種の装置の高度化や信頼性・安全性を向上させる卑近な事例が数限りなくあり、皆さんもその工夫にご苦労されていることと思います。そこで、これらの事例紹介の前に、温度計測についてもう少し突っ込んで考えてみましょう。
1.は じ め に
 宇宙に地球が誕生してから、地球は営々として様々な資源を醸成してきました。人類が出現するまでの生物は、その資源の表面的・直接的な恩恵に浴して、地球という自然と共存してきたように思われます。
 万物の霊長である人間は、この自然をよく工夫し活用して、より好都合に加工し間接変換して利用するようになってきました。工業化、計測・制御の始まりです。
 それでも、少くとも19世紀までは、地球の資源醸成と消費のバランスは保たれていました。20世紀に入ると、科学技術の急進と経済発展に伴い、生活の質の向上と人口の膨張による消費増大が起こり、資源の極端な乱費が始まりました。資源を力でねじ伏せる乱費が、さらに別の資源を浪費する悪循環に陥ってきたのです。
 稀少金属や無尽蔵と思われていた石炭、石油だけでなく、世界の食糧倉庫といわれているカリフォルニアのトウモロコシ、小麦を栽培している土壌の養分までも枯褐の危機にさらされている現状です。あたかも祖先が丹精を込めて築き上げてきた田畑、財産を放蕩息子が子々孫々を省みず一代で浪費し尽くすかのようです。
 軽薄短小といわれて久しいですが、今でもなお重厚長大で資源中心の時代であり、微妙な計測、ソフトウェアなどは従属的役割に過ぎず、あまり貢献していないように思われてなりません。
2.温度計測の概念
 「計測とは、ものごとのあいまいさ(エントロピー)を減らし、それによって得た知識をもとにして、一連の判断と行動をとる知力システムを作り出すことである」といわれていますが、広い意味での計測を考えるとき、まことに的を射た高い目標を示唆している言葉です。とくに温度計測は、温度、圧力、流量のなかでもっとも重要かつ難しい問題を抱え込んでいる計測といえます。他の物理量と異なり万物が温度の媒体であり、封じ込むことが大変難しく、計測上はいつも熱平衡状態の確認や改善に苦労するものです。
3.今後の傾向
 高分子材料、半導体、生物化学、食品、省エネルギー、環境計測、医用電子等々の研究分野、生産、品質保証など、いずれも我々の生活消費に密着した分野で、温度計測の重要性および需要の増大は著しいものがあります。鉄・非鉄金属の時代と異なり、素材そのものが各種プラスチックや有機材に替わり、微細な加工法に熱を利用しており、光や触媒、微生物を用いることによって、加工条件は常圧下の低温へと移行しています。統計的数値ではありませんが、工業的温度計測の90%以上の需要は、せいぜい(-50~+250℃)の温度範囲の中にあり、さらに絞ればその大半は(-20~+150℃)であろうと私は推定しています。温度範囲(400~800℃)の金属セラミックなどの焼成や800℃以上の金属融点範囲での新規需要はかなり低減傾向にあります。この(-20~+150℃)帯における計測信頼性は、従来の測定値の精度目標(0.5~2.0%)から(0.1~0.5%)へと要求が厳しくなり、計測量の微小化とそれを裏付ける計測評価基準の確立と維持が重要課題になってきました。
 昨今、マイクロコンピュータの普及により、計測・制御に最適な機能や高分解能、低ドリフト、ノイズ除去法、自己校正機能など高性能な測定が容易に実現できるようになり、計測の信頼性に対する期待は様変わりの様相を呈しているといえます。
4.計測市場
 大きな流れとして考えると、かつての金属材料から石油化学を基礎とする有機高分子材料の素材を生産するプロセスへと変化した温度計測市場は、ここにきて、さらに大きい変化を遂げています。より良質な素材を効率よく生産するプロセスオートメーションではなく、その素材をあらゆる領域で高度に加工して利用する分野での温度計測に対する需要増大です。半導体製造工程のステッパー、プローバの環境やエッチングの諸工程です。また最近のDVDやプラズマディスプレイの背面基板、液晶などの生産工程は、まさに温度計測 ・制御そのものの工程であり、とくに乾燥、アニール、焼成の温度の均一性は、生産収率に直結する問題になっています。薬品や食品を主体に、公害除去産業までをも進歩させ始めているバイオの増殖、育成、保管などの工程は、温度の精密制御なくしては発展させることができません。
 自動車産業をはじめ、微細精密加工のNC(数値制御)、MC(マシニングセンタ)の工作機械は世界のトップ産業であり、周囲環境温度や加工により発生するジュール熱を0.1℃まで感知して熱による線膨張を修正する自動制御系、そして少なくとも10μmより良い加工精度を実現しています。
 極言すると最近の高度で大きく進歩しようとしている諸産業においては、共通して温度計測制御が主役に台頭してきたといっても過言ではありません。
5.計測の準備
 計測の目的は制御することです。我々は体調がおかしいとき、まず体温を計り、その結果によっては売薬を飲んで寝てしまうか、あるいは医者へかけつけます。
 このように我々は、必ず制御行動に移り、常に問題意識を持ち、計測値と制御手法および量の概要を推測しながら計測 にあたるように心がけることが大切です。
 5-1 センサの選択
 (1)計測上、その温度状態を維持しているすべての媒体と変数、そしてそれらの間の関連性について関心を持たなければならない場合が多いのです。あらゆる物理量とその検出に適するセンサについての知識を、概略でもよいから修得しておくことが大切です。
 (2)必要な測定範囲を目的に合わせてできるだけしぼり、環境条件を十分認識して、目的に適した応答性、確度、再現性を実現できるセンサを選択します。
 (3)測定対象の物理的条件に応じて、最適なセンサ形状を工夫、考案することが意外に大切なことであり、重視する必要があります。
 (4)いずれにしても、基本信号を生ずるセンサは細かいところまで工夫され、しかも確実なものでなければならず、奇をてらう際物的手法は断固排除すべきものです。最近は、非接触型センサやリモートセンシングにも大変優れたものが出現してきました。しかし、計測の基本としては、しっかり接触して真の信号を得る手法が最善ですから、種種工夫を加えてなお実現できない場合に、初めて間接的、媒体的手法を利用することを推奨します。
 5-2 他の物理量の温度依存性と間接変換
 (1)温度そのものの計測でも、他の物理量の正確な計測を修正するための温度計測においても、互いにそれらが複雑にからみ合って、熱を授受して平衡している場合が多いため、気体・液体・固体の密度、粘度、圧力、熱伝導度、電気伝導度などの温度依存性については、関数関係をしっかり認識しておくことが肝要です。
 (2)前述した事例のように、物質の融点、凝固点、沸点および潜熱の性質をよく知り、他の物理量の計測値を推定できる知識を獲得できれば大変大きな収穫が得られます。このような間接変換のためのデバイスを工夫すれば、微小温度計測 により、いろいろな他の物理量の計測や分析を行うことができます。実際に直面する計測課題に取り組むとき、すでに確立されている数々の知識をもとにして工夫を加え、難題を解決することはなんとも楽しいことであり、計測の奥深さを知るものです。
 (3)さらに、直接的計測 対象だけでなく、その熱源、熱媒体、物理的化学的環境や熱力学的メカニズムを推測しながら対処することも望まれます。 「計測」は「物理を知る」ことであり、それがまた高度化・進歩へと循環して行くものです。  ■

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