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2000年7月号

温度のお話

第4回 温度計測により他の物理量を計測する事例(3)

エム・システム技研顧問/(有)ケイ企画 代表取締役 西尾  壽彦

 (1/100)℃~(1/1,000)℃という微小な温度変化や2点間の温度差を正確に測定することにより、他の物理量を計測する事例は数限りなくありますが、あと2例紹介して今回で切り上げ、次回からは別のテーマに移ります。
 ただ、これまでの事例でも計測手法は共通的なものも多く、感覚的に大まかなご理解を得ていただければ十分であり、基本的考え方は整理のうえ後述します。

4.数平均分子量の測定(エブリオメ-タ)
 4-1 社会的背景 
 これは、私が若いころ通産省の研究補助金をいただき(2回)、4、5年に亘って開発したものです。
 古くから原理的にも知られていた計測手法であり、有機物の数平均分子量がせいぜい1,000程度のものであれば、大学などの研究機関では実施されていました。
 ところが、戦後1950年代から1970年代にかけて新しい高分子材料が次々と出現し、普及しながらさらに著しく改良が進められて行きました。
 ご存知のポリエチレン、ポリスチンなどの数平均は数百~数万あり、他の分子量測定手法では計測することができず、エブリオメータ(ebulliometer)の高度化が社会的要請となりました。
 これは、これまでの(1/100)℃程度の温度計測からサーミスタ測温抵抗体を利用して、装置を抜本的に改良し、(2/10,000)℃の計測信頼性を得て完成したものです。
 少し脱線しますが、高分子物質の分子量測定を目的とする主な方法には、①浸透圧法 ②粘度法 ③光散乱法 ④超遠心力法(沈降速度法) ⑤拡散法 ⑥蒸気圧測定法 ⑦氷点降下法 ⑧沸点上昇法(エブリオメトリー) ⑨末端基定量法などがあり、被測定物質の性質や分子量の大きさにより、適切に使い分けています。
 これらいずれの計測法においても、温度計測と制御はキーテクノロジーとして計測の信頼性を左右しています。
 説明は省略しますが、分子量の単位としては数平均分子量、重量平均分子量、Z平均分子量が計測手法上利用されています。
 4-2 分子量測定の目的
 昔のポリエチレン材料は、夏は軟らかく、冬は硬くなり、光に永く当たると変色、変質したものです。
 ポリバケツやポリ洗面器を大量に生産するときに、金型に入れて1分間に3個できるか、 10個できるかはコスト的に大問題です。
女性のナイロンストッキングは、細い繊維でも丈夫で切れ難く、ツヤと弾力性があるものになりました。
 これらはいずれも、高分子物質の永年の改良の賜物で、分子量測定や微小温度計測などの技術もその一端を担っています。
 4-3 エブリオメータの計測法
 エブリオメータというのは溶液の沸点を測定する装置という意味です。
 沸点上昇法による分子量測定の場合、希薄溶液(理想溶液)の性質として、溶質(たとえばポリエチレン)が不揮発性であり、化学変化を起こさない場合には、溶液の沸点は溶媒(たとえばベンゼン)の沸点より高くなります。
 したがって、その沸点の温度差を測って、溶質の分子量を決定することができます。
 原理的にはいたって簡単なものです。しかし、これが(2/10,000)℃まで正確に計測する装置になると、極めて複雑なものとなります。
 計測法としては、純溶媒に未知の分子量の溶質を微量溶かした溶 液と、純溶媒の沸点差を微小温度差変換器を用いて測定し、濃度が限りなく零に近づいた状態で分子量を求めます。
 溶質の分子量Mは
 M=K[C/ΔT]C→0 で表されます。
 図1に示すように、微量な溶質を順次投入しC1、C2、C3、C4 と濃度を高めて行き、それぞれの沸点温度差ΔT1 、ΔT2 、ΔT3 、ΔT4 を求めて、図1に示すように外挿法で [C/ΔT]C→0を読んでMを算出します。
 4-4 装置構造
 装置はパイレックス製で、ガラス職人の名人芸による、かなり複雑な構造です。ただし、誌面が限られているため、ここでは簡単に言葉で説明します。
 先ず、大気圧変動による沸点変化や、周囲温度変化の影響をキャンセルするために、 純溶媒沸点測定槽と測定溶液槽は同じ構造の槽とし、2つの槽を純溶媒の蒸気槽(外槽)に収納します(双子型構造)。
 温度的に極めて安定な外槽雰囲気中に測定内槽が収納、配置されています。さらに内槽は、液相と蒸気相が気液平衡して十分に温度が安定する構造になっています。
 このように微小温度差計測の手法においては、双子型の構造と計測法を利用して各種の外乱をキャンセルすることが必須事項になります。
 4-5 温度センサと温度差変換器
 100℃付近のサーミスタ測温抵抗体の温度係数は40,000ppm/℃ですから、(2/10,000)℃に対応する抵抗変化は8ppmになります。
 したがって、温度変換器の周囲環境温度が±5℃変化することを想定すると、温度変換器に対しては、温度依存性が16ppm/℃より小さいことが要求されます。
 一般的には、微小温度計測でもほとんどが(1/1,000)℃を検出できれば十分ですから、サーミスタセンサ使用の場合には、変換器の温度依存性は8ppm/℃ 程度以下でよく、実用化は容易です。
 大まかに言って、センサとしては(1/100)℃までは白金測温抵抗体、それ以下はサーミスタが適切であると考えています。
 微小な温度計測ばかり紹介していますが、計測関係の需要量としては(1/100)℃程度が多く、(1/10)℃の計測・制御精度を確保するために、(1/100)℃までの信頼性が必要になると理解してください。

5.バイオによる微量物質の計測
 大多数の微生物は土壌菌であり、地球上の動・植物の自然循環の一端を担っているのはご存知のとおりです。
 中には、あの恐ろしい青酸カリを食用にしている菌もあり、銅や水銀などの金属を抱え込む菌を利用して精錬にも役立てています。
 戦後間もなく日本政府が米国に輸出した、微生物によってサトウキビの糖分を100%採取する技術は、当時話題を呼んだものです。
 最近は、一般家庭でも微生物を積極的に利用するようになりました。
 微生物は、電子部品工場の有害廃液がしみ込んだ土壌の改良に利用されたり、石油化学プラントの微量な不純生成物質の監視、制御にも活用されています。
 エブリオメータと同様に双子型のバイオリアクタが安定した温度の外槽内に配置されています(図2参照)。そして、たとえばダイオキシンの分解に有効な菌を見つけ出すために、A・B双方のリアクタにダイオキシン溶液を流し、Aリアクタには菌をまったく入れず、Bリアクタに有効と思われる菌を植え付けます。菌がダイオキシンを分解すると、必ず発熱反応が現れます。
 この検出能力は、物質や菌の組合せによっては、ガスクロマトグラフや液体クロマトグラフよりはるかに高いものがあります。     ■
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