2004年12月号

PID制御のお話

第11回(最終回)  実用PID制御

ワイド制御技術研究所 所長 広 井 和 男 

1.偏差PID制御の問題点
 前回、微分演算だけの入力に1次遅れフィルタを入れた「実用・非干渉形PID制御」の動作ならびに効果について説明しました。
 「実用・非干渉形PID制御」の操作信号MVは(1)式で表され、その機能ブロック構成を図1(a)に示します。

 この「実用・非干渉形PID制御」は、(1)式および図1(a)を見れば明確なように、偏差をPID演算していることから「実用偏差PID制御」または、さらに「実用」を省略して通常「偏差PID制御」と呼ばれています。
 この形態は、偏差をPID演算するというフル機能を装備し、微分は実用微分(不完全微分)となっています。したがって、PID制御として完全無欠で、一見何ら問題はないように見えますが、この形態が適しているのは温度プログラム制御などの場合に限定されています。それはなぜか、どこに問題があるかについて考えてみましょう。
 第1の問題は、図2(a)に示すように目標値SV をステップ状に変化させた場合に、微分動作によってステップ変化量の8〜10倍の急峻な変化(kick:キック)が操作信号MV に発生することです。目標値SV の急激な変化に早く追従するためには、理論上から見ると、キックの発生は当然の動きです。しかし、このキックは操作端、制御対象やプロセスなどに大きな機械的、物理的ショックを与えます。その結果、機械的衝撃、ウォータハンマーなどが発生して機器・設備の寿命や品質などに大きい影響を与えることになります。したがって、このような挙動をもつ制御方式は現場には受け入れられません。
 第2の問題は、「外乱抑制特性」が最適になるようにPIDパラメータ値を調整すると、「目標値追従特性」が大きくオーバーシュートしてしまうことです。制御の基本的特性には、目標値が変化したときに目標値変化に対してどのように追従するかの「目標値追従特性」と、外乱が入ったときにいかに外乱の影響を抑制するかの「外乱抑制特性」の2つがあります。従来の一般PID制御では1種類のPIDパラメータ値しか設定できないため、両者の特性は、片方の特性を最適にすると他方の特性は悪化するという二律背反となってしまいます。
 これらの問題は、理論式をよく見つめても明確には理解できないし、現場で問題を体験した人でなければ、その深刻さを実感できないと思います。

2.偏差PID制御から実用PID制御への工夫
 2.1 測定値微分先行形PID制御
 偏差PID制御がもっている前記第1および第2の問題を解消するためには、目標値のステップ状変化に伴って発生するキックを低減する工夫が必要です。PID動作の中で、目標値をステップ状に変化させたとき、最も大きなキックを発生するのはD動作です。そこで、目標値信号に対するD動作を除外して、D動作によるキックを削除した方式を「測定値微分先行形PID制御」(略してPI-D制御)と呼び、その機能ブロック構成を図1(b)に示します。図から明らかなように、プロセス値PVの変化に対してはPID動作となっていますが、目標値SVの変化に対してはPI動作となりD動作が削除されているため、目標値のステップ状変化によるキックは図2(b)に示すように大きく低減されます。この方式は、次項2.2に示す方式と比較すると、目標値のステップ状変化に対する応答のオーバーシュートは大きいが、応答速度が速いという特徴をもっており、デジタル制御装置(DCS)などで多用されています。
 2.2 測定値比例微分先行形PID制御
 前記の測定値微分先行形PID制御方式が生まれた流れから考えると、D動作の次に大きなキックを発生するP動作についても、D動作と同じ処理をすれば、キックの大きさがさらに低減されることは容易に類推できます。そこで目標値信号に対するP動作およびD動作の双方を除外して、P動作によるキックおよびD動作によるキックを削除した方式を「測定値比例微分先行形PID制御」(略してI-PD制御)と呼び、その機能ブロック構成を図1(c)に示します。この方式は、図を見ると明らかなように、プロセス値PVの変化に対してはPID動作となっていますが、目標値SVの変化に対してはI動作のみとなっています。目標値のステップ状変化に伴う操作信号MVSVの変化は図2(c)に示すようになり、キックは完全になくなっています。
 このI-PD制御は目標値のステップ状変化に対する応答のオーバーシュートはほとんどないが、応答速度が遅いという特徴をもっており、制御の目的に応じて前述のPI-D制御と比較し、適した方が選択・使用されます。

連載のおわりに
 以上、11回にわたってPID制御がどのようにして生まれたか、P(比例)、I(積分)およびD(微分)の各動作とその限界、そして生まれたままの理想形態から、なぜ各種の実用形態が生まれたかの本質的な内容について説明しました。
 PID制御はシンプルな構成でありながら、多くの制御対象に対して、すぐれた制御能力をもっています。しかし、1つの実用PID制御を最適に使用できるのは非常に狭い範囲に限られています。そこで、制御システムにおいて、PID制御がもっている機能を最適に発揮させるためには、制御対象の特性、運転上のニーズや制約に適合するようにPID制御を加工・変形して個別に最適化を図っていくことが必要不可欠になります。その際、本連載の内容が少しでも役立てば、これにすぐる喜びはありません。
 長期間にわたりご愛読いただき、ありがとうございました。■

 
 
 

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