エムエスツデー 2021年7月号

設備と計装あれこれ

第19回
AIの活用とプロセス制御

(株)エム・システム技研 顧問 柴野 隆三

はじめに

最近AI(人工知能)という言葉をよく聞くようになり、それと共にIT(情報技術)、IoT(モノのインターネット)もよく使用され、各方面でそれらの応用、実用化に取り組まれるようになってきました。なかでも近未来を象徴するようなAI技術には夢があり、我々の生活を豊かにしてくれるものとして注目されています。それで今回はAI技術全般そしてプロセスオートメーションにおいてもどのような可能性、展開が想定されるのか筆者の日頃の考えを述べてみたいと思います。
昨今のブームを支えているものの一つにゲームの世界があり、囲碁や将棋では人の能力には敵わないといわれていたものが、ここ数年でAIはプロのトップ棋士よりも強くなりました。天気予報では気象庁にある最高水準のコンピュータが膨大なデータに基づき数値解析し、結果として予報の当たる確率は上がり、台風の予想進路の精度も極めて高くなっています。車の自動運転は目下大きな話題で、最終的にはあらゆる場所や状態でも自動で行うとなっていますが、現在高速道路など特定の条件下で天候や周囲の状況を判断してシステムが運転するという段階まできています。今まで人工知能というのはどこまで行っても遠くに見えるものと思われてきましたが、いよいよ身近な存在となってきました。

AI技術の流れ

AIブームというのは過去に2度あり最初はゲームの推論などでしたが対応するコンピュータがまだ進んでいませんでした。次の第2次ブームではエキスパートシステムがもてはやされ、専門家や熟練者のもつ技術を実現することをベースに置き、医療や生産工場などで一定の成果を見ることができました。そして現在は第3次ブームといわれ特徴は画像や音声認識を出発点として、情報処理及び高速通信を活用し蓄積された膨大なデータを利用するところにあります。そして極めて短い時間で結果を導き出しています(図1)。ただ現状の技術は「特化型」と呼ばれるもので領域を囲い込みその範囲で最適解を求めるものです。次の目標はあらゆる条件下でも対応できる「汎用型」と言われるものを目指しています。

図1  AI(人工知能)ブームの流れ
図1 AI(人工知能)ブームの流れ

生産プロセスへの応用

生産プロセスは様々な制約の中で成り立っています。図2に生産工場で常々考慮される関連分野(テーマ)と課題を書き出してみました。ここにはこの連載で取り上げてきた安全、環境、省エネ、保全などいくつかの項目が登場してきます。AI技術が期待されるのは、従来の操業や自動制御では不十分、見落としがあったところへの補完ができないかです。話を計装技術に絞ってみますと、すでに無線を使った検出情報の伝送、また製品の欠陥画像の解析などいくつかの実例があります。今後とくに期待されることは、まず①計測器や制御機器の信頼性向上:生産現場で計測データが通常と異なる数値が示されたとき、実際に生産工程がそのようになっているのか、計器の異常なのか判断に迷うことがよくあります。センサの信頼性を上げるのはもちろん、プロセスの周辺を監視して状況の総合判断をする。②設備故障の予知:一つは回転機器のベアリングの監視を温度、振動センサを各装置に取り付けて設備診断を行う、これは最近安価に無線でもできるようになり、プロセスの異常箇所の特定をする。③行動ガイダンス:異常発生後の対策として運転継続の可否を含め行動指針を示すこと。④最適生産:これらを前提にして生産効率の追求と続きます。このようなシステムは構築ができるところから検討を加え実施に移していくのですが、正常運転中はAIによる最適化運転に任せる、しかし総合判断が必要となる安全、環境、保守・メンテナンス等は人が行うという切り分けが当面の目標になると考えます。

図2 AI活用が期待される分野や項目
図2 AI活用が期待される分野や項目

どこまで進むか

産業界での人工知能の活用がどのように進んでいくかですが、まずは特化型AIを使用して目標設定がどこまでできるかであり、現在の技術でこの領域まで到達することです。次の課題となるのは汎用型目標設定で、技術の先行している車の自動運転がどのように現実のものとなるか極めて興味深いものです。一方こうした自動技術がどこまで進むかという議論の際に、必ず経済コストと両立するかが問題視されます。技術の開発や製品化には費用と時間がかかり、省力化の問題と捉えた際には、人のもつ英知より優れているかとの比較は嫌でもなされます。それと人知は無限大といわれるように、そう簡単には人を必要としない無人工場は実現しないでしょう。ただ現在AI技術といわれているものでも、実現して我々の生活に普及したものに対しては今後AIとはいわれなくなるかもしれません。課題への挑戦は簡単ではありませんが希望は大きいといえます。

【コラム】囲碁ソフトに学ぶ特化型から汎用型への脱皮

囲碁はチェスや将棋と比べてマス目の数が多く21世紀中には人間をコンピュータソフトが追い越すことは無理だろうと10年前にはいわれていたのですが、2016年にはプロのトップ棋士に勝利をして、現在では明らかにコンピュータのほうが強くなったとされています。囲碁のルールだけを覚えさせて、コンピュータ同士で一晩に何百万回も対戦させて、自分で強くなった(機械学習)そうです。ある局面から最終局面までの場合の数は何億通りとありますが、そのすべてではなくとも予想勝ち敗けを調べ上げ、勝率の良い手を次の一手に選び出しているようです。人間ですと手筋とかを読んで次の一手を決めていきますが、その思考回路が全く違います。コンピュータは従来あり得なかった手を示しながらも勝率を上げ、結果として新しい定石が生まれ、現在プロの棋士も活用するという時代になりました。囲碁などのゲームでコンピュータがここまで強くなったことを言い換えると、ゲーム盤の中という限られた領域で最適解を求めるのであれば、コンピュータはそれを可能にし、実現したということです。これを産業界の生産技術に当てはめてみると、当面の目標はどのように目の前にある課題に対し、領域を区切って対象物の囲い込みができるかにあり、将来的には今我々が考えている手段を超えた思いもよらない思考や手法が生産工程に登場する可能性を秘めていることを暗示しています。


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