エムエスツデー 2016年7月号

ITの昨日、今日、明日

第15回 IoT+ビッグデータで何が可能に?

酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀

IoTとビッグデータ

 前号に、「ビッグデータはIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)と関係が深い」と記しました。そして、AIとビッグデータがからんだシステムの例として、クイズ番組で人間を破った「ワトソン」をご紹介しました。しかし、IoTとビッグデータの関係については触れる余裕がありませんでした。そこで本号では、IoTとビッグデータの技術を組合せることによってどういうことが可能になるかを見てみましょう。
 IoTは、機械や家畜などに取付けたセンサ、監視カメラの映像などのデータをインターネットを介してデータセンタに集めて活用するものです。このデータの収集には人手が要らないので、放っておいてもデータがどんどん溜まります。データ収集の範囲を全世界に広げ、収集する時間間隔を短縮すれば、データ量は膨大になります。量的にはまさしくビッグデータです。
 しかし、たとえば、1台の機械から採取したデータを、その機械の保守のためだけに使うシステムでは、収集したデータ全体にビッグデータの技術を適用して活用したことにはなりません。これは、1人の人から採取した、体温、脈拍、血圧などのデータを、その人の健康状態の診断だけに使う場合も同じです。
 では、IoTで収集したデータ全体を整理して活用しているシステムにはどんなものがあるのでしょうか? 2015年10月号でご紹介した「プローブ情報システム」はその一例です。これは、走り回っているクルマから走行速度のデータをインターネットで集め、そのデータから全国の道路の混雑状況を判定するものです。
 本号では、さらに2つの事例をご紹介しましょう。

監視カメラで犯人の検挙が容易に

 最近は、商店街や公共施設などのいたるところに監視カメラが設置されています。監視カメラの先進国のイギリスでは500万台以上の監視カメラが稼働しているということです。
 従来監視カメラの映像の伝送にはアナログのビデオ信号が使われていましたが、最近はインターネットでデータセンタに集められるものが増えています。これらはIoTの一つです。
 従来は、こうして集められた膨大な映像データの中から、容疑者やテロリストを人手で探していました。しかし最近は、顔認識技術の進歩によって、コンピュータでこの探索が可能になりました。
 人手に頼っていたのでは時間がかかり、容疑者を取り逃がしてしまう恐れがあります。しかし、コンピュータを使えば高速に顔認識ができ、多数のコンピュータで顔認識を並列に実行すれば、この時間をさらに短縮できます。
 また、かつらや眼鏡で変装していると、ベテランの警察官でもそれを見破るのが困難なことがあります。しかし、顔認識ソフトは変装で変えることが困難な骨格などの特長で識別するので、人間より顔認識の能力が高いといわれています。
 こういう監視カメラの映像についての顔認識は、容疑者やテロリストの追跡だけでなく、迷子や徘徊老人の探索にも使われています。
 また高速道路上などで車両のナンバープレートを読み取り、手配車両のナンバーと照合するシステムも同じようなものです。
 こうして、IoTとビッグデータの技術を駆使して、容疑者や手配車両の探索が容易になりました。

カーシェアリングで自家用車が不要に

 従来、クルマを使いたい人は、自家用車を買うか、レンタカーを借りるか、2つの選択肢しかありませんでした。しかし最近は、カーシェアリングの利用という第3の選択肢ができました。
 カーシェアリングを利用する人は、その会員になり、インターネットで日時、車種、乗車場所などを指定して予約します。クルマは駐車場の一角や路上の決められた場所に置いてあり、無線のIDカードなどでドアを解錠し、ダッシュボードの中などに入っているエンジンキーを使って利用します。
 予約時に返却時刻、返却場所などを指定して、それに基づいて費用を支払うものと、これらを予約時に指定する必要がなく、自由に乗り回して、使い終わったら決められた場所のうちのどこにでも乗り捨てでき、費用は実際の利用時間に基づいて算出されるものがあります。費用には一般にガソリン代や保険料が含まれていて、クレジットカードで支払います。
 カーシェアリングのクルマは、携帯電話回線のインターネットでセンタとつながっていて、クルマの場所や利用中か否かなどをセンタで把握できるようになっています。クルマの貸出拠点は無人で、利用者は予約時も、使用開始時も、返却時も、業者といっさい顔を合わせる必要がありません。こうしてIoTの活用で人件費を削減し、安くサービスを提供しているのです。
 現在、カーシェアリングのサービスには、日本の駐車場管理会社パーク24が運営する「タイムズカープラス」(前身が2005年にサービス開始)、米国のレンタカー会社エイビス・バジェット(Avis Budget)による「ジップカー(Zipcar)」(2000年サービス開始)、ドイツの自動車会社ダイムラーによる「カーツーゴー(Car2Go)」(2008年サービス開始)などがあります。
 自家用車を所有するのに比べ、必要な時だけ利用すればいいので、毎日利用しない人には経済的で、また社会全体で見ても、省資源、省エネルギー、環境負荷の軽減、道路の混雑緩和などに貢献しています。
 カーシェアリングはIoTとビッグデータを駆使することによってはじめて可能になった新ビジネスです。

「タイムズカープラス」の貸出拠点(筆者撮影)

取りあえずデータを蓄積しておこう

 機械の稼働状況のデータを収集しても、人間の血圧や脈拍を計測しても、その機械の保守やその人の診断に使われるだけなら、ビッグデータの技術を活用しているとはいえません。しかし、長年月にわたって収集したこのようなデータを整理して、その機械の弱点を次期製品で改善したり、人体の計測値の分布や変動から、医学的な結論を導き出したりすれば、ビッグデータの技術を有効に活用したことになります。
 このように、当初はデータの量が少なく、その利用価値が限定されていても、データが大量に蓄積されると新しい利用価値が生じることもあります。
 そのため、現在は利用価値が明確でなくても、将来の活用に備えて「取りあえずデータを蓄積しておこう」という考えが重要です。大量のデータは一朝一夕には集められないからです。


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