エムエスツデー 2011年10月号

海外よもやま話

第7回 電子書籍の一つの姿

酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀

著作権が切れた本がタダに!

 電子書籍は、将来有望だと言われながら、なかなか本格的に離陸しませんでした。しかし、2007年11月にアマゾンが「キンドル」を発売してから、英語圏諸国では電子書籍の市場に火がつきました。2011年5月には、同社のサイトでのキンドル用の電子書籍の販売件数が印刷物の本の販売冊数を抜いたということです。

 キンドルの成功の原因は、書籍の豊富な品揃え、書籍と端末の手頃な価格設定、携帯電話回線を介して書籍をダウンロードできる使い勝手のよさなどにあると思われます。海外でも日本でも、キンドルの成功に刺激されて、多数の企業が電子書籍の市場に参入を図っています。

 しかし、電子書籍にはこういう最近の動きとは別に、違う形での活動がもっとずっと前からありました。その一端をご紹介しましょう。

 その一つは、「グーテンベルク計画」という、著作権が切れた本のデータベースを作って無料で公開しているものです。これは1971年にイリノイ大学の学生によって始められました。グーテンベルクの印刷技術が出版に革命をもたらしたように、コンピュータの出現は第2の革命を招くだろうと、こういう名前を付けたのだと思います。

 ただ当時は、電子書籍の標準ファイル形式がありませんでしたから、単純なテキスト形式を使っていました。最近は、EPUBという電子書籍の標準ファイル形式が使われ、インターネットでダウンロードできるようになっています。現在36,000点以上の著作権が切れた本を無料で提供しています。

 ディッケンズやマーク・トウェインなどの小説が多数登録されていますが、古いものではチョーサーやシェークスピア、比較的新しいものではサマセット・モームやフィッツジェラルドなどの作品もあります。

 他国語からの英訳では、フランスのヴィクトル・ユゴーやアレクサンドル・デュマ、ドイツのゲーテやトーマス・マン、ロシアのトルストイやツルゲーネフなどの作品もあります。

 また、カント、バートランド・ラッセル、フロイトなどの、文学以外の著作物も多数揃っています。

 もっと古いものでは、ホメロス、プラトン、孔子、孟子の著作、初期仏教の経典などの英訳もあります。

 これらの本が、自宅にいながらにして、すべてタダで手に入るのです。

 そして、2004年にグーグルが、「グーグル・ブックス」というさらに大規模な計画をスタートしました。同社によれば、現在全世界に約1億3,000万冊の本があるそうです。これを図書館などから借りてきてスキャナで読み取り、画像情報としてデータベース化しています。そして、それを順次文字認識ソフトで文字情報に変換し、EPUBのファイルを作成しています。こうして作った画像やEPUBのファイルを、インターネットを使って、著作権がないものは無料で公開し、著作権があるものは有料で販売しています。2010年10月までに1,500万冊のスキャンを完了し、現在300万冊近くの本を無料で公開しています。ただ、EPUB形式で入手できる本はまだ一部に過ぎません。

 グーグルは、「当社の使命は、世界中の情報を体系立てて広く人々に提供することです」と言っています。グーグル・ブックスもその一環なのでしょう。

 これらの計画が進むと、今後著作権が切れた本をカネを払って買う人はいなくなると思います。

電子書籍端末は要らない? 

 前出のEPUBは、現在、ソニー(海外のみ)、バーンズ&ノーブル(B&N:米国の大手書店)、アップル、グーグルなどが電子書籍に使っているファイル形式で、事実上の世界標準になりつつあります。EPUBを使っているグーテンベルク計画やグーグル・ブックスの無料の本は、無料の電子書籍リーダーのソフトを使って、パソコン、タブレットPC、スマートフォンなどで読むことができます。そのため、EPUBで提供されている無料の本を読むには、必ずしも電子書籍端末を買う必要はありません。

 現在の電子書籍端末には電子ペーパーを使ったものが多く、屋外の明るい場所では液晶パネルより読みやすいようです。しかし、スマートフォンやタブレットPCのほかに電子書籍端末を持ち歩くのはわずらわしいと思う人も多いでしょう。

著作権がある本は?

 では、新刊書を含めて著作権が生きている本についてはどうでしょうか?

 もちろん、古典などに興味がなく、新刊書だけ電子書籍で読めればよいという人もいるでしょう。しかし一方、古典も新刊も電子書籍で読みたいという人も多いと思います。そういう人にとっては、古典も新刊も同じ操作で読むことができ、また、一括して蔵書の管理ができることが望まれます。そのためには、両者が同一のファイル形式で、同じ電子書籍リーダーのソフトで扱える必要があります。つまり、現状では新刊書にもEPUBのファイル形式が望まれるわけです。

 そして、著作権がある本については、もう一つ厄介な問題があります。それは、不正コピーなどを防止する「デジタル著作権管理(DRM:Digital Rights Management)」の仕掛けです。

 現在EPUBの電子書籍を扱っている企業では、ソニー、B&N、グーグルがアドビ・システムズのDRMを使っています。アドビのDRMを使っている電子書籍は、無料の電子書籍リーダーのソフトを使って、パソコン、タブレットPC、スマートフォンなど各社のいろいろな端末で読めます。つまり、DRMなしの無料の電子書籍同様、時と場合によっていろいろな端末が使い分けられるのです。

 一方アップルは、同じEPUBですがFairPlayという独自のDRMを使っていて、現在は、同社のiPhone、iPod touch、iPadでしか読めません。他社のパソコン、タブレットPC、スマートフォンだけでなく、同社のパソコンでも読めません。

 印刷物の本と同様、電子書籍も「蔵書」という個人の独立した財産です。それが1社の特定の機器でしか読めないということには、将来の不安を感じる人もいるのではないでしょうか?

主な電子書籍(有料)

事業者 ファイル形式
(代表例)
デジタル著作権管理
(DRM)
使用可能な汎用端末
(代表例)
アップル EPUB FairPlay iPhone/ iPod Touch/ iPad
ソニー (海外) EPUB アドビ パソコン
(Windows/Mac)

タブレットPC
(iPad/アンドロイド)

スマートフォン
(iPhone/アンドロイド)
バーンズ& ノーブル EPUB アドビ
グーグル EPUB アドビ
アマゾン 独自 独自

 

 


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