エムエスツデー 2009年3月号

衣食住−電 ものがたり

第12回 ヒューマノイド(人間型ロボット)

深 町 一 彦

 鉄腕アトム以来身近に感じる人間型ロボット(ヒューマノイド)は、もはやマンガの世界を脱して、精巧なものが作られ、動いているのが見られます。

 人間型ロボットは自動人形(オートマタ)の延長線上にあり、我々の心情では「より精巧になった自動人形」のようにも見えますが、根本的な違いは、外界への適応(反応)と、自分の行動の自覚ということでしょう。知覚機能とフィードバックという言い回しでもよいかもしれません。コンピュータによって制御されていることはもちろんです。

 自動人形は、いくら複雑な動きをしても、それはあらかじめ作りこまれた動作の繰り返しです。周囲の状況が変化しても、たとえば予想外の障害物があっても、初志を貫徹して動こうとします。そのために自分が壊れてしまうこともあります。

 人間型ロボットは、人が近づくと相手に向かって挨拶のしぐさをしたり、進行方向に障害物があると迂回して進行したりします。そのためには、いろいろな感覚器官を持って、外界を感じ取り、自分の現在の行動が適切であるかどうかの判断を行っています。人間でいえば5感と呼ばれているものですが、音、光、触覚、位置、姿勢、加速度などをセンサによって知覚して電気信号に変換してコンピュータに送ります。

 人間型ロボットについて、特徴的な話題をいくつか拾ってお話しします。

触 覚

 ロボットが、外界に対してなにがしかの働きかけをするのに、この触覚は非常に大事です。感圧センサによって力の入れ具合を調整します。握手してこちらの手を握りつぶされては困ります。卵を持ち上げるとき、重い一升瓶を持ち上げるとき、握力が微妙に違わないと困ります。駆動部が電気(モータ)の場合、適度な力を保ち続けるというのは案外難しいものです。電流を止めれば力はなくなります。電流を流し放しで同じ位置に保っているとモータが焼損してしまうこともあります。余談ですが、回転寿司のシャリを握る装置は、空気圧を利用して握り具合を一定に保っているそうです。圧力は位置に関係なく一定の力を保つことができます。

視 覚

図1 楽譜を読みながらエレクトーンを弾くロボット「WASUBOT」((財)つくば科学万博記念財団 所蔵 ) ものを認識するのに、視覚は非常に重要な役割を担っています。大脳科学の分野でも非常に早くから視覚と脳の関係の研究が進められていました。デジタルカメラが普及した今日、ロボットの目としてCCDカメラが使われるのは容易に想像できます。1985年、つくば万博に出展された早稲田大学の作ったロボット、「WASUBOT」(図1)は、頭部のCCDカメラで普通の楽譜を読みながらエレクトーンを演奏しました。聴覚もあり、人間が歌うとその音程に合わせて伴奏の音程を調整してくれたそうです。当時はまだ、コンピュータが大きくて内蔵できなくて、膨大な電線の束が腰掛の中を通っています。したがって歩行はできませんが、両足でペダルを操作していました。この年は、ホンダが歩行ロボット「アシモ」の研究を始めた年です。

 しかし、通常の我々の視覚はもっと高度な機能を持っていて、漫然とカメラの視野に移っている情報そのままではなく、特定のものを抽出して、凝視したり認識したりすることができます。たとえば、蛙は、ある速度で空中を移動するものには素早く反応します。我々も、高速で、しかも揺れながら移動している乗り物の中からでも、外を飛んでいる鳥を見て、一瞬のうちに何がどこに向かって飛んでいるか判断しますが、これをカメラの映像から、通常の方法でコンピュータにやらせようとすると、現在の処理速度ではとても追いつかない話だそうです。この辺は、脳とコンピュータの情報処理方法の違いかもしれません。

 「目が太陽のごとくあらずんば、何でものを視ることができようか」これは、大学時代、恩師がしばしば引用したゲーテの芸術論にある文章(だそうです)で、漫然とものごとを見て、何の意識も働かない我々の凡庸さを叱咤した言葉です。

2足歩行

 ロボットという機能そのものからいえば、歩行は必ずしも2本脚でなくとも、車輪でも充分に目的を達する用途はあるのですが、人間型ロボットとしては、なんといっても、2足歩行が夢でした。事実、障害のある通路を跨(また)ぎ越しながら移動するには脚によって歩かねばなりません。

 そもそも歩くということの前に2本足で立つということは大変なことです。試みに目をつぶって直立してみると、自分の脚の筋肉が絶えずいろいろに力を入れて直立姿勢を保っていることが分かります。

 ピノキオの脚は胴体にピン止めされていて、前後に動くだけですが、我々の実際の関節は、いろいろに動きます、膝は主に前後の屈伸で1軸ですが、股関節はボールジョイントになっていて、捻りも加えて3軸の動きをし、その上、背骨の下には骨盤があって更に複雑な自由度を与えてくれています。いくつものサーボ機構が必要です。本当に1点でボールジョイントのような動きをさせようとすると大変複雑なメカニズムが必要になります。大概は、作動点を少しずらせて、3個のサーボ機構を使っているようです。

図2 トヨタのパートナーロボット、2 足歩行をしなが唇から息を吹き出してトランペットを演奏する(大人のための社会科見学 トヨタ、日本出版社 より転載) 初期の2足歩行ロボットは静歩行といって、片足を上げているとき、体の重心はもう一方の足の裏の垂直線上にあって、それで直立を保っていました。そのため、安定ではあるが、非常にゆっくりとしか歩けませんでした。最近のロボットは、スポーティな格好で膝を曲げて軽々と歩いています(図2)。これは動歩行といって、前後左右に動くからだの各部の加速度の影響も計算の中に入れて、膝を曲げたり、踵(かかと)を上げたり、上体を捻ったりと微細な調整によってバランスを取っています。右足から左足に踏みかえる瞬間は、次の足が前にでて受け止めることを前提にして重心の移動が行われます。膝の屈伸が調節の重要な要素なので、2足歩行ロボットといえば、いつも膝を曲げて歩いていましたが、最近は膝が伸びる歩行も可能なものができたそうです。

 走るロボットもできたそうです。これは、瞬間両足が宙に浮いて、片足で着地してもぐらつかないということです。

 腰周りの左右に錘を付けると、歩行バランスがよくなるという話もあります。日本では江戸時代まで、なんば歩きといって、右腕と右脚を同時に出す歩きが基本で、西洋式の軍事訓練を取り入れたときから現在のような歩き方になった。本当はわが国古来の歩き方の方が合理的なのであるという説もありますが、歩くということの原点から見ると、その状況に応じて適応の仕方が多様に違うようで、たとえば細い足場のようなもの渡るときには、また別の歩き方があります。単純に脚と腕の振りだけで、歩き方の善し悪しを議論できるものではないでしょう。

 ちなみに、疲れ果てたときに階段を昇るには、上体を左右に振りながら、その振動に合わせて左右に脚を持ち上げると辿り着けます。呑み過ぎたときの帰宅時などにお試しください。

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 取り留めのない話ですが、人間型ロボットから話題を拾っているうちに、今回は誌面が終りました。


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