エムエスツデー 2006年12月号

工場通信ネットワークのお話

第12回(最終回)  工場通信ネットワークのこれから

NPO法人 日本プロフィバス協会 会長 元 吉 伸 一

 この連載の第1回目で説明したように、オートメーションシステムは検出端、コントローラ、操作端で構成され、工場通信ネットワークはそれらの間をつなぐ通信部分を受け持っています。つまり、工場通信ネットワークはオートメーションシステムの一部(しかもベース技術)ですから、それだけが独自に発展するわけではありません。

 民生用の例を挙げれば、インターネット技術の進展は、PC・スイッチ・ルータなどのハード技術の進歩がなければ実現しませんでした。しかし、映像・音楽といった大容量アプリケーションをより簡単にやり取りしたいという要求がなければ、インターネットをこれほど高速にする必要もなかったでしょう。ハードの発展が新しいアプリケーションを可能にし、そのアプリケーションを活かすために、よりパワフルなハード技術が求められてきたわけです。

 これはマーケティングでいう、Needs と Seeds の関係で、技術が完成することで、新しいアプリケーションが生まれ、そのアプリケーションが新しい技術の登場をまた要求する循環になっています。

 したがって、私たちは「これから工場通信ネットワークはどう進化するのか」と考えることもできるのですが、「工場通信ネットワークの進化に伴って、何ができるようになる(どんな新しいアプリケーションが出てくる)のか、あるいは、新しいアプリケーションはどのようなネットワークを要求するのか」という方向から考えたほうが良いかもしれません。

工場オートメーションの時代へ

 2006年6月半ばに、アメリカの Emerson Process Management(以下Emerson)とドイツの Siemens AG(以下Siemens)の2社が興味深い共同発表を行いました。

 日本国内では、この発表は大きく取り上げられませんでしたが、Emerson はプロセスオートメーション業界で世界最大の企業であり、Siemens はファクトリーオートメーションで世界最大、またプロセスオートメーションでも相当の規模をもっている企業です。

図1 EmersonとSiemensの共同発表を伝える
    ARC Advisory GroupのARCwire News

 この2社が共同で発表したということで、世界のコントロール業界では大きな話題となりました(図1)。

 発表の大要は以下のとおりです。

 1) Emerson と Siemens はデバイス管理技術のインタフェースである EDDL 注)の標準化に積極的に取り組む。

 2) Emerson は PROFIBUS・PROFINET をそのシステムに取り入れる。また Siemens は FOUNDATION Fieldbus H1技術をそのシステムに付加する。

 とくに、2)の内容が注目を集めました。

 Emerson は FOUNDATION Fieldbus をサポートしている Fieldbus Foundation の主要なサポータであり、Siemens は PROFIBUS・PROFINET のメインのメンバーです。

 お互いに今までは自分が盛り立てているフィールドバス技術の普及に尽力してきたのですが、今後は競争相手であったフィールドバス技術も使用しようということを言っています。この発表について、筆者としては以下の点に注目します。

 1) フィールドバスの技術、とくにFA、PAで使われるフィールドバスは明らかに集約が進んでいます。10年ほど前には20以上のフィールドバスが存在しましたが、現在では数種類しか残っていません。また、残ったフィールドバスもそれぞれ特色のあるフィールドバスです。したがって、1つのフィールドバスですべてのアプリケーションをカバーするには無理があると考えるのが自然でしょう。Emerson、Siemens の両社が従来競争相手であったフィールドバスを取り込むのはフィールドバスの淘汰がほぼ終了したという証拠かもしれません。

 2) Emerson はプロセスオートメーション、Siemens はファクトリーオートメーションとの色分けがありました。しかし工場現場では、PA用の機器もFA用の機器も一緒に動いています。ユーザーとしては、これらの機器をまとめてネットワークに接続し、通信によるデータ収集や設定、そしてパラメータ管理、校正などができたほうが良いわけです。この発表が実現すると、Emerson のシステムが PROFIBUS・PROFINET を使ってFA用機器にアクセスできるようになるのと同時に、Siemens のシステムは PROFIBUS PA 対応機器だけではなく、FOUNDATION Fieldbus 用のPA機器にも接続できるようになります。

 したがって、ネットワークがPA機器、FA機器に関係なくつながるため、今後はプロセスオートメーション、ファクトリーオートメーションという区分けではなく、トータルで考えるインダストリーオートメーションの時代が来るものと期待しています。

制御から管理へ

 「オートメーション:Automation」の語源は Automatic Operation[自動運転]と聞いています。

 この中で、「制御」の目的は「設定値に測定値を近づけるよう、操作値を変化させること」です。測定値とはある場合は温度かもしれません。また圧力かもしれません。また工場の運搬車にとっては、決められたトラックかもしれませんし、速度かもしれません。そのために、現場機器から測定値がコントローラに送られ、設定値と比較され、操作値が計算されて、現場の操作機器に送られるわけです。

 しかし、工場通信ネットワークは、単に制御用の測定値、操作値を通信する以上の機能をもつまでに発達しています。

 その結果、次に考えられているのは、現在だけの制御でなく、「今後もトラブルなく制御の実行を続けるためのデータ・情報」を工場通信ネットワークを使って収集することです。

 これは制御という機能に、時間のファクターを付け加えたものといえます。

 具体的には、現場の機器・設備から、自己診断を含めた運転情報を収集し解析することによって、保全業務のサポートに使用し、点検・予知保全などに役立てることが求められています。バッチ運転では流量計のレンジ変更をすることもありますが、このパラメータ設定もネットワーク経由でできるようになります。さらに従来はコントローラで測定値を見て上下限アラームを出していましたが、現場機器から直接アラームが通知されるようになるかもしれません(図2)。

 このような傾向が続くと、オートメーションシステムの中で制御(PLC・DCS)の重要性は変わらないかもしれませんが、その比重は相対的に小さくなって行くのではないかと考えられます。

図2 工場通信ネットワークの活用が広まる

ネットワーク機器とセキュリティ管理

 工場通信ネットワークにより、FAとPAの統合がはじまり、また管理の領域までオートメーションが進展するかもしれません。

 そのとき、通信ネットワークの中のデータ・情報をどのように保護するか、つまりセキュリティの問題が出てきます。

 筆者は、工場の現場機器またはコントローラにあらゆるセキュリティの機能まで要求するのは多少酷であると思います。現場機器、コントローラはデータを出したり、受け取ったりするだけと考えると、そのデータをウイルスや悪意のある攻撃などから守り、信頼性を高めるのは、すべての機器の間に位置し、通信データの伝送を媒介するネットワーク機器の仕事になるでしょう。

 現在のフィールドバスではネットワーク機器の役割はリピータなど小さなものですが、今後は工場通信ネットワークを正常に働かすために、大きな役割を担当すると考えられます。

 オフィスのスイッチ・ルータと同様に、そして工場のオートメーションにとってより使いやすいネットワーク機器の開発が求められるでしょう。

*   *   *

 最後になりますが、工場通信ネットワークの発展を含め、オートメーション技術の進化が、私たちの生活をより豊かに、そしてより環境にやさしい世界の実現に貢献してくれることを念願します。

 1年間お付き合いいただいた読者の方々に、厚くお礼を申しあげます。

注)EDDL(Electronic Device Description Language): 現場機器へのパラメータアクセスのための仕様を記述する言語

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