エムエスツデー 2006年11月号

工場通信ネットワークのお話

第11回  産業用Ethernetとその現状(その2)

NPO法人 日本プロフィバス協会 会長 元 吉 伸 一

国際規格化の現状

 産業用Ethernet(RTE, Real-Time Ethernet)に対応する通信規格は、すでにいくつかマーケットに登場しており、それとともに国際規格化の活動も盛んに行われています。

 具体的には、IEC(International Electrotechnical Commission)のTC65/SC65C/WG11にて、RTEプロファイルの国際規格IEC 61784-2が審議・編集されています。

 IEC 61784-2では、表1に示すCommunication Profile Family(CPF)が審議されています。現在は国際規格原案(CDV)の段階にあり、2007年8月に国際標準規格(IS)発行を目指して活動が進んでいます。

 この国際規格化で興味深い点は、様々な仕様をもつ産業用Ethernetをひとつの規格書として編集していることです。つまり、規格化といいながら、規格を一つにまとめるのではなく、さまざまな規格の並立を前提としています。

 日本から提案されているTC-net、V-net/IPを含めて、いろいろな通信規格が存在していると感じられることでしょう。

表1 IEC 61784-1/2のCommunication Profile Family(CPF)

CPF
No.
IEC 61784-1
Fieldbus
IEC 61784-2
Real-Time Ethernet
Organization
CPF1 Foundation Fieldbus
(H1、HSE)
Fieldbus Foundation
CPF2 CIP
(ControlNet、EtherNet/IP)
EtherNet/IP time sync. ControlNet International、
ODVA
CPF3 PROFIBUS (DP、 PA)、
PROFINET (CBA)
PROFINET IO PROFIBUS International
CPF4 P-NET P-NET on IP Denmark
CPF5 WorldFIP
WorldFIP
CPF6 INTERBUS PROFINET GW INTERBUS Club
CPF8 CC-Link
CLPA
CPF9 HART
HART Communication Foundation
CPF10
V-net/IP JAPAN
CPF11
TC-net JAPAN
CPF12
EtherCAT EtherCAT Technology Group
CPF13
ETHERNET Powerlink ETHERNET Powerlink
Standardization Group
CPF14
EPA CHINA
CPF15
MODBUS-RTPS MODBUS-IDA
CPF16
SERCOS III Interests Group SERCOS interface e.V.

技術トピックス

 前回にも説明しましたが、これらの産業用Ethernetへの主な要求事項としては以下の2点が挙げられます。

 1)ある時間内に必ず通信が実行されるというリアルタイム性(またはDeterministic:時間確定性)

 2)標準のIT通信と制御用通信の共存

 表1に挙げられているすべての規格がEthernetと称しているわけで、これらの規格はすべてEthernetのMACフレーム(図1)を使います。

図1 MACフレーム(イーサネットフォーマット)

 また、オフィスなどで使う汎用のEthernet機器と共存できるように、通信コンポーネントとして市販のルータ、スイッチなどともつながることを前提としています。

 非常に乱暴なまとめ方で問題があるかもしれませんが、産業用Ethernetへの要求に対応するため、各規格が採用している技術には以下のようなものがあります。

1.リアルタイム性実現の技術  

 工場現場における通信では、ある時間内に必ず通信を実行することが基本です。現場機器で検出される測定データは刻一刻と変化します。測定データの伝送に欠損があっては、正しい制御演算が実行できません。また制御機器で計算して得られた操作データも、ある時間間隔内に常に操作機器に送ることが必要です。

 Ethernetでデータが届かない、通信が欠損する主な理由として、以下のものがあります。

 (1)多量の通信フレームが一斉に発生し、衝突を起こす。

 (2)多量の通信フレームが一斉に発生し、通信コンポーネントの扱える限界をオーバーし、切捨てが行われる。

 Ethernetは通信スピードが100Mbpsと非常に速いのですが、対応できるスピードを超えて通信フレームが集中すれば問題が発生します。Ethernetでは各機器(とくに汎用IT機器)がアットランダムに送信を開始するため、このような現象が起こる可能性があります。実際にはシステム構成などを考慮するなら、データの欠損は起きにくいのですが、工場のアプリケーションでは、起きにくいというだけでは十分でなく、さらにトラブルを予防する方策が求められます。現在、フレームが衝突を起こしたり、切り捨てられたりするような状態を防止するため、主に以下の3つの技術が採用されています。

 (1)たくさんの通信フレームが発生しても、制御用の通信フレームをピックアップして、他の通信フレームよりも優先して処理する優先制御(QoS機能)

 (2)制御用の通信フレームが発生する時間を割り当てることでフレームの衝突を避ける、あるいは制御用通信フレームが流れるときは汎用の通信フレームを強制的に停止して衝突を防止する帯域制御

 (3)Ethernet機器が多数接続されていても、関係ある機器だけをソフト的にまとめて、そのグループ内での通信を優先させるVLAN機能

 これらの技術は産業用Ethernet独自の技術ではありません。最近、汎用のEthernet通信でも“ある時間内に必ず信号を到着させたい”アプリケーションが増えてきたのです。

 たとえば、インターネットを使ったIP電話などがその例です。IP電話では20ms分の音声データを毎秒50回送信することで、電話回線をつなげています。これらのデータが欠損したりすると、音声をきれいにとどけることができません。ただし、産業用Ethernetではさらに厳しく要求されていると理解してください。

 各産業用Ethernetがこれら3つの技術をどのように使用しているかは、それぞれのホームページをご覧ください。

 さらに、リアルタイム性を実現する技術は、産業用Ethernetに対応した制御機器とEthernetの通信コンポーネント(スイッチングハブ、ルータなど)の組み合わせで実現することに注意してください。制御機器がさまざまなオートメーションベンダから提供されているように、通信コンポーネントもさまざまなベンダーから出荷されています。したがって、実際のプロジェクトでは慎重なシステム設計が望まれます。

 2. 標準IT通信と制御用通信の共存

 汎用IT機器を接続でき、PCなどの機器から発生するEthernetフレームと制御機器からの通信フレームを共存させる機能は、どの産業用Ethernetももっています。ただし、共存させる方法としては、制御用フレームを汎用機器と同じくTCP/IPまたはUDP/IPといったプロトコルで送る方法と、それ以外の形式で送る方法があります。

 EthernetのMACフレームには、そのフレームがどのプロトコルで作られているかを示すイーサネットタイプを記述する場所があります。たとえばIP通信はこの記述が0800Hですが、IPアドレスからMACアドレスを探すARP通信は0806Hとなります。この番号はアメリカのIEEEが管理していて、全世界で統一されています。したがってIEEEに制御フレーム用の番号を申請して認証を受ければ、標準のEthernetとしてその産業用Ethernetのフレームを流すことができるわけです。

 2つの方式についてどちらが良いかは、各産業用Ethernet担当者がそれぞれ次のようなメリットを主張しています。

 • 制御用フレームもEthernet通信で最も多く用いられるTCP・UDP/IPプロトコルに準拠することで、Ethernetのオープン性を活かすことができるという考え方

  • 制御用フレームは高速で高信頼性をもって送る必要があるため、オーバーヘッドの少ないフレームで送った方が効率がよいという考え方

 具体的には、EtherNet/IPとV-net/IPは制御用フレームにUDP/IPを使用しています。またPROFINETとTC-netは、IEEEのイーサネットタイプに制御用フレームの番号を登録し(PROFINETは8892H、TC-netは888bH)、これを使用しています。

 産業用Ethernetはこれからの工場通信ネットワークの技術です。実際には、今後どのような産業用Ethernetが普及していくかは、フィールドバスの普及のときと同じく、技術的な要因だけでは決めることができません。マーケットからの要求、サポートする企業・製品の数、サポート団体の体制、実績、そしてこれからのEthernetの発展にどのくらい同期できるかなど、目が離せない状態が続くと考えられます。


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