エムエスツデー 2006年10月号

工場通信ネットワークのお話

第10回  産業用Ethernetとその現状(その1)

NPO法人 日本プロフィバス協会 会長 元 吉 伸 一

 今回と次回の2回に分けて、Ethernetについて説明します。工場通信ネットワークへのEthernetの適用は近年話題になり、オートメーション関係の展示会・セミナーなどでも関心が集まっています。

 私たちがPCでインターネットを楽しんだり、またE-mailなどを送ったりするときに、ほとんどの場合、Ethernetという通信規格を使用して外部と通信を行っています。家庭でも、オフィスでも、単独でPCを使うことは少なくなり、ネットワークに接続して、つまりEthernetを介して情報をやりとりする機会はますます増えています。

 工場の現場通信においても、フィールドバスの次世代通信規格としてEthernetの採用を考える人が増えています。大きな理由として、オートメーション技術が進化すると、オートメーションに使われる機器の能力が向上し、それにつれて機器間のネットワーク上を流れるデータ・情報の量が増えるため、現在のフィールドバスでは対応しきれないと予想されるからです。

 私たちは、工場現場で利用されるEthernet規格を、家庭とか、オフィスとかで使用されるEthernet規格と区別して、産業用EthernetとかRTE(Real-Time Ethernet)と呼んでいます(なぜ区別する必要があるかは、後で説明します)。

Ethernet(イーサネット)とは

 Ethernetは、1973年にアメリカ・Xerox 社により実験システムで使う通信技術として開発されました。当時の通信スピードは2.94Mbpsで、最大伝送距離1km、最大アドレス256個でした。そして、Ethernetの原理となっているCSMA/CD(carrier sense multiple access with collision detection)を備えていました。CSMA/CDとは、同一ライン上に位置する複数の機器が通信データを衝突させないように通信する方法です。

 具体的には、(1)機器はライン上で他の機器がデータを送っているときはデータを送らない、(2)もし複数の機器が同時にデータを送り始めたら、データが衝突したことを検知してそれぞれの機器はデータ送信をストップする、(3)各機器はそれぞれの時間にタイマをスタートさせ、このタイムアップ後に再度データ送信をスタートします。ただし、タイムアップ時間はランダムですから、再び通信が衝突する確率は低くなります。

 その後1980年に、DEC、Intel、Xerox の3社が共同でDIX仕様1.0と呼ばれるスピードが10MbpsのEthernetを作りました。

 1983年には、IEEE802委員会でLANの標準規格が策定され、Ethernetは IEEE802.3として規格化されました。現在はEthernetというと一般に IEEE803.2の仕様を指すことが多いようです。Ethernetの仕様はその後も追加・改善され、1995年には100Mbps、1999年には1Gbps、そして2002年には10Gbpsのスピードが標準化されています(図1参照)。

図1 Ethernetの高速化と標準化の歩み

 スピードだけでなく、Ethernetのほかの仕様もさまざまに変化しています。たとえば、当初の通信方式の特徴であったCSMA/CDは現在ではあまり使われず、スイッチを使った全2重方式が主流になっています。ケーブルについても、初期の同軸ケーブルではなく、シールドなしツイストペア線が主流になっています。

 結局、当初仕様のEthernetから変わらなかったのは、フレーム(Macフレーム)のフォーマットとEthernetというその名前だけといわれています。

 しかし、Ethernetがそのライバルであったトークンリング、トークンバス、FDDIなどの通信仕様との競合を勝ち抜いて、オフィス世界の通信標準になった大きな理由の一つは、このように仕様が急速に発展していったことにあります。その上、Ethernet対応機器の価格もドラマティックに低価格化していきました。今では、PCの販売店にて数千円出せば、時代の最先端のEthernetカードを買うことができるようになりました。

 少し追加説明しますと、Ethernetの仕様で注意しなければならないのは、その規格が通信に求められる仕様をすべてはカバーしてはいないことです。Ethernetの仕様はこの連載の3回目で説明したOSI参照モデルの第1層(物理層)と第2層(データリンク層)をカバーするだけです。Ethernetの上に第3層のネットワーク層以降が乗っかり、インターネットやE-mailなどの通信アプリケーションを使うことができるようになります。

なぜ工場現場通信に Ethernetなのか?

 それでは、なぜこのEthernetを工場内のネットワークとして使用したいのでしょうか?

 実際には、Ethernetはオフィスの世界で主流となっているだけでなく、すでに工場の中でも多く使われています。ただし多くの場合、現場機器との通信ではなく、制御機器(コントローラ)間、またはHMI(Human Machine Interface) との通信を担当しています。このEthernetを拡張してフィールドバスのように現場機器との通信に使った場合、以下のメリットが予想されます。

 1)工場内の通信方式を統一して、機器のハードウェア、通信のソフトウェアを共通にするメリット

 2)今までも進化し、これからも進化するであろうEthernetの仕様の進歩に同期するメリット

 3)ますます低価格化が進むEthernet機器に同期して、工場現場通信も安価になるメリット

 4)工場現場でも、制御用データだけを通信するのでなく、音声、画像を含めたもっと多くのデータ・情報を通信できるメリット

 “なるほど、Ethernetを使うとたくさんのメリットがあるのだ”とご理解いただけるでしょうか?

 しかし、現在話題になっている産業用Ethernetは、オフィスで採用されているEthernetを単純にそのまま工場現場で再利用するものではありません。Ethernetは優れた通信規格ですが、オフィス用の通信規格それだけでは、工場の現場通信に要求される性能を満足しないと私たちは考えています。

 オフィス用のEthernetと比較して、産業用Ethernetにとくに厳しい基準が求められる点は以下のとおりです。

 1)リアルタイム性

 リアルタイム性とは、Deterministic(時間確定性)ともいわれます。つまり、ある決められた時間以内に必ず通信が実行されるという仕様です。工場現場の制御では、常に最新の測定値に基づき、制御演算を行いますし、また演算の結果はできるだけ早く操作器に伝達しなければなりません。アプリケーションで許される時間内(一般に1msから1sの間)に通信が行われる必要があります。

図2 Ethernetのコネクタ

 2)信 頼 性

 信頼性とは、工場現場の粉塵、電気の品質など雰囲気や使用条件が悪いところでも正常に動作を続けられるという仕様です。一つの例として、図2にオフィス用Ethernetと産業用Ethernetのコネクタの違いを示します。

 また、1つの機器の故障が全体の機能に影響しないようにする冗長化の仕様も信頼性の中に含まれます。

 3)従来の産業用通信との継続性

 すでに多くのフィールドバスが工場現場で動いていますから、これらのフィールドバスを置き換えるのでなく、継続して利用できる仕様が望まれます。

 まとめると、オフィス等で使用されているEthernet 技術の柔軟性、拡張性、先進性、発展性を活かしながら、いかにして工場のオートメーションにも使えるリアルタイム性、信頼性のある通信として産業用Ethernetを作り上げるかが検討点となります。

 今回は産業用Ethernetの1回目として、“Ethernetとは?”から説明しました。次回は産業用Ethernetの国際規格活動とその技術について説明します。


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