エムエスツデー 2019年7月号

ごあいさつ

(株)エム・システム技研 代表取締役会長 宮道 繁

(株)エム・システム技研 代表取締役会長 宮道 繁

 エム・システム技研は創業15年後の1980年代中頃には、主力商品の信号変換器「エム・ユニット」(図1)を引っ下げてヨーロッパへの進出を果し、オランダのアムステルダムにあったISOTRON SYSTEMS社を拠点にして営業活動を実施していました。今思い出してもヨーロッパには「エム・ユニット」のようなプラグイン式の変換器がなかったことも追い風となり、順調に業績を伸ばして行きました。当時のISOTRON社のスタッフは、社長がフォルステンボス氏、社長の女性秘書はホイドンクさんという方で、優しくておおらかで、休日などにはアムステルダム市内の名所をよく案内してくれました。その頃に見学させてもらった有名スポットの中に「レンブラントミュージアム」とか「ゴッホミュージアム」があったことを鮮明に覚えています。
図1 37年前のエム・ユニット(透過写真)
図1 37年前の
エム・ユニット
(透過写真)
 今年に入って自宅に近い天王寺美術館(正式名称は大阪市立美術館)で「フェルメール展」が開かれていることを産経新聞が毎日のように写真入りで紹介していました。フェルメールはレンブラントと同時代に同じオランダで創作に励んだ画家であると記事にあったので、年号が「令和」と変わる10連休の直前に観に行くことにしました。天王寺美術館は真田幸村が戦ったといわれる茶臼山に隣接していて、正面入口前の広場からは通天閣が見下ろせる位置にあり、夕陽が沈む時には大阪市内が赤く輝いて見えます。出展されていた絵画は49作品あり、最後の6作品だけがフェルメールのものでした。350年前のオランダの日常的な生活風景が精緻に画かれており、その時代の中に吸い込まれるようでした。

図2 エム・レスタ®
図2 エム・レスタ®
 さて、エム・システム技研は1972年に避雷器「エム・レスタ®」(図2)を主力商品としてスタートし、信号変換器「エム・ユニット」のメーカーとして成長してきましたが、今回は「テレメータメーカー」として成長してきたエム・システム技研の成育過程をご紹介したいと思います。
 私は1970年頃北辰電機製作所の大阪支店で水道計装のSE業務を担当していた時期がありました。当時はほとんどの大手通信機メーカーが、電電公社(現NTT)の提供する専用の電話回線を用いて、デジタル信号やアナログ信号を遠隔の地に伝送する「テレメータ」と呼ばれる通信機器を商品として販売していたので、それを計装システムに取り入れて使った経験がありました。エム・システム技研でも、電子技術を活かして電話回線を用いたテレメータの商品化をやりたいと考えていました。まずすぐにできることは、電電公社が公開している「特殊な直流回線」を用いてアナログ信号1量を伝送することでした。回線の入力インピーダンスが600Ωですから出力信号がDC1~5mAの変換器を設計し、「テレメータ変換器」(形式:TMA)と名付けました。この出力信号を直接電電公社回線に接続することで、「アナログ1チャネルテレメータ」が実現しました。接点入力ONで5mA、OFFで1mAを送ることで、1bitの信号を伝送する「テレメータ変換器」(形式:TMT(送信側)、TMR(受信側))を同時に発売しました。これらは過去になかったローコストテレメータとして、徐々に認知されるところとなり、累計出荷台数がTMAで5,392台、TMT/TMRで5,379台にのぼりました。
 次に挑戦したのが、複数のアナログ信号もON・OFF信号も共に自由に送受信できるテレメータを作ることでした。その頃にはすでに商品化して実績を重ねていた「多重信号伝送システム」(形式:DAST(デジタル・アナログ・シグナル・トランスデューサの頭文字))が売り上げを伸ばしていました。この形式名は「DUST(土ぼこり)」に似ていてイメージが良くないなぁと思いながらも「DAST」と名付けた多重伝送装置ですが、今から思えば1976年の発売ですから、PLCもオープンネットワークも何もない時期にシリアルパルスの幅を「ONで1/4、OFFで1/2に変調する」ことによって、複数局間を同軸ケーブルで結ぶだけで相互に自律分散形の信号伝送ができる優れものでした。このDASTの通信速度を50bpsにすることで「A1テレメータ」(形式:「DAST-A1)として商品化しました。累計出荷台数は2,195台を数えます。
 次に手を付けたのが本格的な帯域品目(電話回線を通して信号伝送をするものですから、シリアルパルスの信号を音声帯域すなわち300Hz〜3.4kHzに変調し、またこの変調された信号を受けて元のシリアルパルス信号に復調する必要があります)のテレメータを実現するためにはMODEM(Modulation and Demodulation から来た名称)の技術が必要になります(Modulationは変調の、Demodulationは復調の英語です)。ちょうどその頃タイミング良く沖電気(株)からMODEM機能をIC化したモデムチップが売り出されたので、早速それを採用したMODEMを商品化して、300bpsと1200bpsのテレメータが実現しました。
図3 D3テレメータ
図3 D3テレメータ
 やっとここまで来たのですが、時代が変わり技術が進歩して、電話機能そのものも電話回線を用いたものからデジタル技術を使って光ファイバなどを使った高速多重通信の時代に突入し、テレメータの世界も一変して沖電気(株)はこのモデムチップの生産を取止め、供給してくれなくなりました。2000~2010年頃の話ですが、エム・システム技研はMODEM機能を自社で開発する必要に迫られました。ところが世の中は良くしたもので、当時DSP(Digital Signal Processor)と呼ばれるICが市場に出回っており、これが中々の優れもので、高速に乗算と加算をこなす専用のハードウェアを内蔵したプロセッサで、このDSPとオーディオ用24bitのADC/DACモジュールとを組合せることで、従来のモデムチップに取って代わる機能をもたせることに成功した技術陣がいたエム・システム技研は、名実共にテレメータメーカーになることができました。用途に応じて小規模入出力の「イージーテレメータ」や「MsysNet®テレメータ」から、今では入出力数が充分増やせる「D3テレメータ図3)」(累計出荷台数7,359台)や「D5テレメータ」(累計出荷台数1,507台)が活躍しています。

図4 IPコンバータ
図4 IPコンバータ
 昨今インターネットが世界を支配するまでになり、ハッキングやウイルスの問題を抱えながらも発展を遂げ、「5G」の時代に突入しようとしています。
 テレメータの世界も通信媒体にインターネットを利用する方向になってきており、エム・システム技研はMODEMを使ったテレメータをインターネットに接続するアダプタの開発に挑戦しました。そして完成したのがイーサネットポートをもった「IPコンバータ」(形式:DT8)(図4)です。通信プロトコルには標準プロトコルになっている「TCP/IP」を使用しています。IPとはインターネットプロトコルの略で、こちらのアドレスと送信先のアドレスが指定されています。このIPだけではデータの損失や到着予定の不整合などに対応できないので、その上のTCP層がそれを実際に使用できるデータに生成します。
 現在エム・システム技研では、テレメータとしては「D3テレメータ」を主力商品としてお奨めしています。また、この「D3テレメータ」に「IPコンバータ」を組込んだ「インターネットテレメータ」としても販売しています。過去に出荷したMODEMを用いて音声回線に接続使用されている膨大なテレメータもこの「IPコンバータ」を追加することで、インターネット経由で問題なく通信できる「IPテレメータ」に変身します。インターネット回線にはVPN(Virtual Private Network・仮想専用回線)のご利用をお奨めしています。
図5 データマル
図5 データマル
図6 Webロガー2
図6 Webロガー2
 エム・システム技研ではIoT:Internet of Things(物のインターネット)時代に向けて、便利にご使用いただける「データマル®」(形式:DL8)(図5)やエッジコンピューティングを引受ける「Webロガー2」(形式:DL30)(図6)などをすでに完成し、ご好評をいただき発売中です。
 これらの具体的な実使用例などをマンガを使ったビフォー/アフター形式の解説資料(「ヨコテンマップ」と呼んでいます)をお届けする予定です。

通天閣からの展望です。

(2019年7月)


ページトップへ戻る