エムエスツデー 2009年11月号

衣食住−電 ものがたり

第20回 生成するものと変態してゆくもの

深 町 一 彦

 氷砂糖は通常のクリスタル型の結晶なのに、金平糖はどうして角が生えてくるのでしょうか。金平糖は丸いのに、なぜ雪の結晶は平べったい六方形になるのでしょうか。

自然の造形

 一様に流れていた川が、片側の岸辺に、たとえば石があって流れが曲げられると、流れは反対側の岸辺をわずかずつ削ってゆきます。一方、石の下流側は流れが遅くなり、砂が堆積します。こうして川は始めに曲げられた方にますます曲がってゆきます。その少し下流では、曲がった流れが戻ってくる水流で反対側に削られて、やがてうねうねと蛇行した流れができてゆきます。蛇行しすぎて、下流の蛇行とつながってしまって直通することもあります。

 雪は始めは小さい単純な六角形です。大気中の水蒸気の分子の中のふたつの水素原子の角度が約120度で、凍るとき六角形を作りやすいからだそうです。角の部分は平らなところより表面積が広いので、周りの空間の水蒸気がこの角に吸い寄せられて結晶し、結晶すると体積が縮小するので、更に周りに新しい水蒸気を吸い寄せて、ますます成長して、あのような美しい幾何模様のような六方の結晶にまで成長します。

図1 風紋

 砂丘に行くと、砂地に風紋と呼ばれる縞模様が見られます(図1)。撫でてゆく風が創った作品です。平らだったはずの砂の平面に、偶然に皺がよると、その皺に更に吹き寄せられた砂が重なり小さな山を作ります。この山を越えた風は砂の表面から剥離して、少し先で表面に接触し、ある距離をおいて次の場所に砂皺を作り、やがて砂丘全体に紋様が広がります。あるところまで成長した砂地の風紋は、風に吹き寄せられる前面の砂と、背面で崩れ落ちてゆく砂の量が平衡して、同じような形を保っていますが、砂の粒子は絶えず入れ替わっています。状況が変わると、時には、紋様の粋を越えて大きな砂山にまで発達し、突然、雪崩や崩落を起こすこともあるそうです。

 こうした自然の神秘な造形は、そこに特別な物理現象が発生しているわけではなく、ちょっとした偶然を契機に、ごく普遍的な現象が連鎖して成し遂げたものです。

自然がもたらす神秘

 このようにふとした小さな偶然がきっかけとなって、段々増殖して大きくなり、一定の形を作り上げる様子は大変神秘的です。自然がもたらした創作活動の中でも、最も神秘的なのは、生命ではないかと思われます。食材を分解してアミノ酸にして、それを再組み立てして、たんぱく質にして細胞を作り上げて、毎日死滅してゆく大量の細胞と新しい細胞の流れるようなバランスの上に、同じ姿形と生活態度を続けています。自己組織化といっています。

 物の本によれば、雪の結晶も、砂地の風紋も自己組織化という言葉の中に入りますが、その過程の神秘度は桁違いです。地球が数十億年かけて、何回も繰り返された偶然のどれかを捉えて、歴史の節目になり、自己組織化と淘汰が進んだ結果が、今日我々が見ている地球上の生物世界です。

ライフゲーム

 生命の神秘を語るのは余りに道のりが遠いので、ここでは、別の生命に関する研究に触れます。

 1970年、ライフゲームというコンピュータソフトが、イギリスの数学者コンウェイによって考案され、当時のコンピュータに関わっている人たちの間で、大流行しました。生物集団が、環境によって誕生、進化、淘汰されてゆく様をモデル化したコンピュータ上のシミュレーションです。画面を細かく格子状に四角形に分割して、それぞれをひとつのセルとして生物に見立て、黒いのは生、白は死を意味します。

 プログラムされているルールは極めて単純で、ひとつのセルは回りを8個のセルに囲まれていますが、そのうちどれか3個が黒ならば、次のステップで中央のセルは黒に、つまり誕生します。誕生したセルは、周りのセルのどれか2個あるいは3個が黒ならば生存を続けますが、それ以外の場合には、次のステップで白くなって死んでしまいます。これは、仲間がいない過疎状態では生きてゆけない反面、余りに過密でも、生きてゆけないという生態系をシミュレートしたものです。これだけのルールで、始めに画面上に適当な数のセルを黒くして、あとはルールに任せて放置しておくと、画面上の黒い生きたセルのパターンはステップごとに変化し、時間とともに誕生したり死亡したりしながら変化したり移動したりします。結果は様々になります。最後には全部死滅してしまうことが多かったようです。コンウェイは、ずっと生存し続けられるような最初の黒の配置はありうるかという問題を提起し、いろいろな人によって試みられ、持続的に生存し続ける黒の配置パターンがいくつも報告されました。

 インターネットで、ライフゲームを検索すると、いくつかのサイトで体験できます。

 その後、上述のルールに限らず、種々のバリエーションが発表されています。

セルオートマトン

図2 複雑な現象をシミュレーションする手法 1940年代、ロス・アラモス国立研究所で、スタニスラフ・ウラムは、結晶の成長について研究していて、コンピュータ上に単純な格子状の「セル」を作って、局所的な近傍則を備えた自己増殖プログラムを開発しました。同じ頃、同研究所にいたフォン・ノイマンは、生命現象の重要な特徴のひとつ自己増殖を人工的に作ろうと、ロボットにロボットを作らせようとして苦労していました。ウラムはノイマンに、機械的な自己複製ではなく数学的に抽象化することを示唆して、自分の研究に使った手法を紹介しました。ノイマンはこれを受けて、コンピュータ画面上の単純な升目の上で、自己増殖のシミュレーションに成功しました。これが、新しい解析と具象化の手段、セルオートマトンの出発点だったようです。

 セルオートマトンは、画面上の格子の升目(セル)に自然界の現象を投射して、セル同士の相互関連に簡単な法則を与えることで、各セルの状態量の時間的な変化を表現することで、小さな近傍同士の局所的な活動から全体的な構造が形成されるという、自然界の創発現象にアプローチする手法として定着してきました。冒頭に触れたような自然界の不思議も、セル上でシミュレーションされるようになりました。

 従来、解析が難しかった粒体の流れのモデル化や群集の人の流れ、交通や流通のモデル化などへの応用に期待が寄せられています。

 従来の科学が時間軸上の近傍をモデル化して、微分方程式として解析しているのに対して、セルオートマトンは、空間上の近傍をモデル化して、それを積分して自然を説明する手法ともいえます。

 上述のライフゲームは、セルオートマトンの応用の過程で有名になった「ひとつの出来事」でした。

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 最近のこうした研究を知るにつけ、私たち人の集団の動向も、もう少し的確に把握できないものかと思います。個々人は、それぞれ多様な個性をもっているはずですが、共通の相互影響となると、儲かるとか、好き嫌いなど、比較的単純なキーワードを共有しているようです。その結果、怪しげな債権を大量に売買して世界的に経済が大崩落を生じるなど、まさに、局所的な動機で行動して、全体がとんでもない方向に暴走するなど、複雑系の典型的なモデルを演じています。ただ、解析した結果に基づいて行動するはずの為政者もまた、一人の一因子でもあることを考えると、容易ではないのかもしれません。

〈参考文献〉
・ 都甲 潔 他 著、「自己組織化とは何か」、講談社
・ 森下 信 著、「セルオートマトン 複雑系の具象化」、養賢堂


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