エムエスツデー 2005年11月号

計装 今昔ものがたり

第11回 制御理論がもたらしたもの

早稲田大学 理工学総合研究センター 客員研究員 深町一彦

制御理論の功績

 制御理論が技術の世界にもたらした大きい功績のひとつは、ものごとの動きや変化について、時間軸上の経過を通して視るということが定着したことでしょう。我々はとかく、いろいろな現象をビフォアー・アフターのみで捉えて理解したつもりになりますが、どのような変化の過程を経て最終状態に達するかということが制御理論の出発点になります。

アナロジー

 ものの動きを時間の経過と比べて観察すると、対象が機械的なものでも、化学的なものでも、動きそのものに共通するものがあるのが分かります。ウィーナーのサイバネティックスの中に、脊髄癆を患って手の位置感覚がなくなった患者が、視覚を頼りにものを掴むとき手が激しく震えるのを観察した記事があります。視覚が手の位置を確認して、脳から手の筋肉に指令を送る場合の神経の伝達速度から、その際生じる振動の周期を予測計算したところ、現実の手の震えのそれと一致したという話が載っています。機械系の振動も人の手の震えも情報の伝達時間とものの動きという同じ観点で捉えているところに、制御理論の普遍性が見えます。このように一見異質に見えるものの間に、共通の「振る舞い」を見出すことをアナロジーと言っています。電気回路の理論は流体のアナロジーから始まったようですが、今では逆に流れの振る舞いを電気回路でアナロジーするようなこともあります。工学的な事象ばかりではなく、今では社会現象も工学的な視点でアナロジーされることがあります。

よくある動き

 PID 制御でパラメータを調整するとき、しばしば制御対象の動きを、近似的に無駄時間と一次遅れとして捉える方法が使われます。何かが作動するとき、動き出すまでにちょっと間があって、それから動き始めは速く、最終状態に近くなるに従ってだんだん遅くなり、最後に安定するという一次遅れ(に近い)動作は、世の中に広く見られる動きです。大まかに言って結果は比例的に動くと受け止めています。正確な表現ではありませんが、水道の蛇口を大きく捻ればたくさん水が出てきます。絵の具はたくさん水に溶くほど色が濃くなります(変化が蓄積する積分的な動きや、微分的な動作は紙面の都合で省略します)。

自己平衡性のある系

 一般に、ものの変化に対しては、それを緩和する状況が働きます。何かを加熱して熱くなれば放熱が増え、最後は加熱と放熱がバランスして一定の温度が保たれます。車は速く走るほど空気の抵抗(だけではないのですが)が大きくなり、動力と抵抗がバランスした速度で走ります。需要と供給のバランスが崩れると、ものの価格が変動して新しいバランス点に落ち着きます。ほとんどのものごとは、内在するフィードバック機能が働いて、最後には平衡点に達して一定の値に安定します。世の中はこうした自己平衡性のおかげで安定していられるのです。我々生命体の中に築かれている自己平衡性は、驚異的な精密さをもって健康を維持してくれています。

火に油を注ぐもの

 ところが、世の中には自己平衡性をもたらすはずの抑制力が働かず、反対に、火に油を注ぐような特性をもった現象もあります。たとえば、ある物質は加熱すると発熱反応が生じ、その反応熱がますます温度を上げて反応は加速します。川の流れは何かの原因で曲がると、川岸が浸食されて一層大きく蛇行する方向に変形して行きます。遠心ポンプは、普通は流量が増えると吐出圧力は低下します。しかし流量が極端に少ないある領域では、流量が増えながら圧力も上昇する領域があります。もちろん大変不安定な領域で、大型のポンプを操作する場合、この領域では運転しないような制限を設けた計装をします。電気回路でも、電圧が増えると電流が減少する回路があり、負性抵抗、ネガオームと呼ばれます。実は上述の物価のバランスも、物価が上がりそうだと思うと、急いで買い物をする人が増えて物価はさらに上昇するのです。逆の現象はデフレスパイラルといって、つい数年前まで経済界は大騒ぎをしたものです。

 こうした現象は、コントロールするのが厄介で、抑えようとすると、振幅の大きい、比較的周期の長い発振を起こして止まらなくなることが少なくありません。

図1 流量が増えても圧力が上昇する領域がある

複雑な系

 テレビのワイドショーなどを見ていると、風評が面白おかしく語られているうちに、コメンテータと視聴者の間で反射しあって、相乗的に増幅して行き、たちまち断定的な世論を形成してしまうことがあります。小さな動きが周りの事象に影響を及ぼし、それがまた相互に影響しあうので、きっかけがあると現象が増殖して止まらなくなることがあります。「北京バタフライ」という言葉があります。中華料理の名前ではありません。北京で蝶が羽ばたきすると、周りの気象条件が複雑に反応しあって、次から次へと気象現象が拡大伝播して、最後にはニューヨークで暴風になることもありうる、という話です。このように、多数の因子が相互に影響を及ぼしあって、一筋縄では解析できないような現象を、スーパーコンピュータなどを駆使して解明しようとするのが「複雑系」と呼ばれる分野です。従来とかく情緒的な解釈に頼っていた人文科学の分野にも、数理科学的な実証が行われようとしています。

ものには限度がある

いろいろな世界に自由自在に それでは、このような強きを助け弱きを挫くような現象は、一度動き出したならば暴走に歯止めが効かないで、最後はどうなってしまうのかと心配になります。

 幸いなことに、何故かものには限度があって、こうした現象にも内在する自己平衡性があって、現象がある規模まで拡大すると、突然復元力が姿を現し、それまで進行していた動きに打ち勝って反転します。復元力が非線形的に働いて、ある閾値を超えると急速に大きくなるものと思われます。たとえば、草原に生命力の強い動物が入ると生態系が壊れて種の偏在が生じますが、最後には草原の食べ物が尽きるなどして衰退が訪れます。強力な権力は周辺の人々を征服していっそう強力になりますが、強力の度が過ぎると服従している大衆が困窮し、権力そのものの基盤を失い崩壊します。突然暴力的に復元するのを革命と呼んでいます。

制御理論の普遍性

 このように制御理論に端を発した「ものの振る舞い」に関する観察は、広くものごとを時の流れに沿って理解することにより、目の前の制御装置に留まることなく、機械も電気も、化学も人体も、社会現象までも、あらゆる世界を自在に飛び回って洞察を広げることができます。制御に関わったことをきっかけに、味わってみるのも楽しみのうちです。


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