エムエスツデー 2014年4月号

ITの昨日、今日、明日

第6回 業界標準はどのようにして決まった?

酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀

IT製品では業界標準が極めて重要

 IT製品は他社製品と組み合わせて使うことが多いため、業界標準仕様であることが強く要求されます。しかし、IT製品にとって業界標準が重要なのはそのためだけではありません。

 IT製品の原価では、半導体製造設備の償却費やソフトウェア開発の人件費などの固定費が非常に高いウェイトを占めます。そのため、大量に使われているものを採用すれば、安い製品が実現でき、低価格化によって販売量が増えれば、好循環でますます安くできます。逆に、自社専用の部品やソフトウェアを使えば、いかに技術的に優れていても、価格競争力で負け、販売量が増えません。

 そのためITの世界では、自社の仕様を業界標準にすること、業界標準仕様の部品やソフトを使うことが極めて重要です。では、業界標準はどのようにして決まってきたのでしょうか?

必ずしも技術の優劣では決まらない

 コンピュータの初期の1960年代には、各社がそれぞれ独自のアーキテクチャ(命令語やデータ形式の仕様)を採用していました。しかし、営業力などの差で1970年代に入ると淘汰が進み、IBM 1社が圧倒的なシェアを占めるようになりました。そして、IBMの360アーキテクチャがメインフレーム・コンピュータの事実上の業界標準になり、それと互換性がある製品を販売する企業が現れるようになりました。

 たとえば、1960年代のバロースのアーキテクチャは先進的な技術を採用していましたが、それは主流にはなりませんでした。

 1970年代のマイクロプロセッサの世界では、インテルのX86系とモトローラの6800系が競っていました。6800系の方が性能が高かったため、高性能が要求される製品には6800系がよく採用されていました。

 しかし、1981年にIBMがパソコンにX86を採用すると他社も追従し、生産量に大きな差が生じました。その結果、X86の方が安くなり、高性能品が次々と開発されて、これが業界標準になりました。

米国の主なメインフレーム・コンピュータ・メーカー

 LANの初期には、イーサネットのほか、IBMが開発したトークンリングなど、種々のものが使われていました。トークンリングの方が理論的に優れている点もありましたが、イーサネットの使い勝手のよさ、安さに対抗できませんでした。イーサネットが普及しだすと、生産量の増大による低価格化でさらに普及に拍車がかかり、やがてトークンリングは姿を消しました。

 このように、技術の優劣以外の要因で業界標準が決まったものが多いのが現実です。そのため、技術的な優劣の比較だけで将来を予測するのは危険です。

先行者が勝ち残るとは限らない

 ITのように進歩の激しい世界では、早く開発に着手し、早く発売した方が圧倒的に有利なように思えます。しかし、現実は必ずしもそうではありません。

 現在パソコンの操作に使われているGUI(グラフィック・ユーザー・インタフェース:マウスでアイコンをクリックして操作する技術)は、アップルが1984年にMacintoshで採用しました。

 一方、マイクロソフトのWindowsでGUIが本格的に使えるようになったのは、その後約10年も経ってからでした。しかし、マイクロソフトのユーザーが大量にアップルに流れることはありませんでした。現在でも全世界の90%以上のパソコンがWindowsを使っています。アップルは先行者のメリットを十分に生かせなかったのです。

 ワープロ・ソフトとしては、1980年代前半の米国では、WordPerfectが高い評価を得ていました。しかし、その後マイクロソフトがWordを出すと、パソコンに組み込んで販売する営業戦略などが功を奏し、WordPerfectのシェアを奪ってゆきました。

 表計算ソフトとしては、VisiCalcやLotus 1-2-3が先行していました。しかし、この市場も後発のマイクロソフトのExcelに取って代わられました。先行製品がマイクロプロセッサやOSの進歩に追従した後継製品をタイムリーに出さなかったことが主な原因です。

 このように、当初先行していても、後発企業に追い抜かれてしまった例も多数あります。

仲間作りが重要!

 前記のように、業界標準になった理由は、営業戦略などいろいろな要素が絡んでいて、必ずしも明確でないのが実態です。しかし、重要な要素が1つあります。それは「仲間作り」の上手下手です。

 現在、パソコンのOSには、マイクロソフトのWindowsとアップルのOS X(テン:ローマ数字の10)が主に使われていますが、Windowsが90%以上のシェアを占めています。また、スマートフォンのOSでは、グーグルのAndroidとアップルのiOSがメインですが、後発のAndroidのシェアが80%に達しました。

 その大きな原因は、アップルがハードウェアの製造・販売を自社のみで行っているのに対して、マイクロソフトやグーグルはそれを他社に自由に行わせているためです。そのため、WindowsやAndroidでは、世界中の多数の企業がハードウェアの価格や性能を競っていて、全体としてシェアを拡大してきました。

 また、iOSのアプリケーション・プログラム(AP)は、アップルがすべて審査・販売してその手数料を取っていますが、AndroidのAPには審査がなく、自由に販売できます。これもAndroidのシェアの向上に貢献しました。

 携帯電話やデジタルカメラには、フラッシュメモリを搭載したメモリカードが使われています。一時は、ソニーが開発した「メモリースティック」と、パナソニック、東芝、サンディスクの3社による「SDカード」が覇を競っていました。しかし、仲間を広げることに積極的でなかったメモリースティックを採用する企業は次第に減り、一方仲間作りを熱心に進めたSDカードのシェアはどんどん増えて、現在はソニーの製品もSDカードを使っています。

 仲間が多い世界では、製品間の連携不足による混乱に注意が必要です。しかしIT製品では、仲間を増やし、業界標準になることが何にも増して重要です。といっても、いきなり標準仕様だと称しても決して成功するものではありません。少しずつ仲間を増やし、最終的に業界標準の座を獲得することが必要なのです。


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