エムエスツデー 2006年9月号

工場通信ネットワークのお話

第9回  デバイス管理とデジタル通信

NPO法人 日本プロフィバス協会 会長 元 吉 伸 一

 今回は、工場通信ネットワークを活かしたアプリケーションの一つとして、デバイス管理とその関連技術を説明します。

デバイス管理とは

 フィールドバスは、“現場機器(検出端、操作端)と制御機器(コントローラ)との間を結ぶデジタル通信規格”です。従来フィールドバスの役割は、コントロールデータ −つまり、測定値と操作値− の伝送に重点が置かれてきました。

 例として、レベル計について考えてみます。レベル計の測定値はタンクのレベル値であり、現在、タンクのレベルが何%かを制御機器に伝送することが、レベル計の基本的動作です。ところが、レベル計がもっているデータは%で測る測定値だけではありません。たとえば、何m、何フィートという工業単位付の実測値をデジタルデータで送ることも可能です。また、測定するタンクの形状が球状であったり、底部が円錐状であったりすると、レベルを測ってもタンク内にある測定対象物の実容積を測っていることにはなりません。そのため、レベル信号から容積信号への補正計算を内蔵して、容積量を送るレベル計も出てきました。

 これらの機能は、1990年代以降に、現場機器にもCPU(マイクロプロセッサ)を内蔵するインテリジェントな現場機器が登場してから可能になりました。インテリジェントな現場機器は、多機能化している分だけ、動作を規定するためにたくさんのパラメータの設定が必要になってきます。たとえば、測定値の単位をmにするか、フィートにするか、タンクの形状をどのように補正するかなどを、決めなければなりません。

 現場機器の小さなパラメータ設定画面を使ったり、パラメータ設定機器を接続したりして、手作業で1個1個の機器のパラメータを設定することもできるのですが、工場内に現場機器が数百、数千と存在していたり、取り付け場所がアクセスしにくいところにある場合には、この方法は効率的とはいえません。

 そこで、せっかくフィールドバスというデジタル通信があるのなら、この機能を利用してパラメータ値を通信すれば、いちいち現場に出かけることなく、PC上で簡単にチェック、変更、設定ができるのではないかと考えられたわけです。

 パラメータ通信は、主に機器をセットアップするためのエンジニアリングに関連しますが、デジタル通信を使って、コントロールデータだけでなく現場機器がもっているさまざまなデータ・情報にアクセスすれば、操業監視、スタートアップ、保全などにも役立つと考えられ、これを“デジタル通信を使ったデバイス管理”といいます。

デバイス管理の問題点

 デジタル通信を使うデバイス管理は、簡単に実現できそうでしたが、問題点がそれなりにありました。

 図1を見てください。通常、現場機器はコントローラ(PLCまたはDCS)に接続されています。ここで、 コントローラと現場機器はデジタル通信(フィールドバス)で接続されています。コントローラとデバイス管理プログラムが動くPCは一般にはEthernetなどでつながれています。ですから、デバイス管理用のPCから現場機器のパラメータをアクセスするには、ダイレクトではなくコントローラを経由する通信を実現しなければなりません。この場合、以下のような問題点が出てきます。

図1 デバイス管理のためのシステム構成

 問題点1.(操作画面の問題)

 実際に現場で稼動するフィールドバスには複数の種類があり、それぞれ固有の通信手順で動いています。デバイス管理用のPCからは、フィールドバスの違いを意識しないで同じような設定画面から現場機器にアクセスしたいという希望があります。

 問題点2.(デバイス管理プログラムの肥大化の問題)

 現場機器の中に入っているパラメータの種類は、各機器によって異なるし、またどのようなパラメータと機能を現場機器に搭載するかは、機器メーカーの売り、差別化になります。すると、あらゆる現場機器にアクセスするためのプロトコルを作るとなると、巨大なソフトウェアになり、簡単には実現しません。

 問題点3.(通信経路の問題)

 デバイス管理用のPCと現場機器の間には、コントローラ(PLC、DCS)がありますから、中間にあるコントローラを通過する通信が必要になります。コントローラメーカーの立場から言えば、このような通信はコントローラ本来の制御機能に対する外乱となります。必要ない通信が勝手にコントローラに入ってこられては困るわけです。

 とはいっても、せっかく現場機器までデジタル通信が通っているなら、何とかこれを活かしてデバイス管理のアプリケーションを実現できないかということで考えられた一つの方法がFDT/DTM(Field Device Tool/Device Type Manager)という技術です。

FDT/DTMの概要

 FDT/DTMはデバイス管理のアプリケーションとフィールドバスをつなぐ、いわばインタフェース技術として動作します。FDT/DTMでは前に述べた問題点を以下のように解決しています。

 図2は、FDT/DTM機能に基づいて作られたデバイス管理アプリケーションの画面例です。

図2 デバイス管理アプリケーションの画面例(エンドレスハウザー殿ご提供)

 問題点1.(操作画面の問題)

 FDT/DTMでは、どのようなフィールドバスが接続されても、操作員がデバイス管理プログラムの操作方法を間違わないように、画面の雛形を提供しています。この雛形に基づいて画面が作られているので、操作員はどのフィールドバスにつながった機器でも、またどのデバイス管理の画面でも違和感なく使いこなすことができます。

 問題点2.(デバイス管理プログラムの肥大化の問題)

 FDT/DTMでは、“デバイス管理ソフトがすべての現場機器に対応するプログラムを準備する”という考え方を採用していません。現場機器のパラメータをアクセスするプログラムは、現場機器のメーカーが自分で作り、提供し、このプログラムがデバイス管理プログラム内で動作します。したがって、デバイス管理プログラムの中には、その工場で使っている現場機器のプログラムだけを入れればよいことになります。

 これはまた別のメリットがあり、現場機器メーカーは自分の機器にあったプログラムを作れるため、その機器に最も適したプログラムを提供できます。たとえば、その機器独自の機能をどのように表現して、設定するかを考えながら、自分の機器を開発することができるわけです。

 問題点3.(通信経路の問題)

 FDT/DTMはデバイス管理プログラムと現場機器との間の通信をスムーズに実現するため、もとの通信内容をブラックボックス化して変更を加えないカプセル化という方法を採用しています。この方法を使うと、デバイス管理用のPCと現場機器との間にコントローラなど別の機器が存在しても、もともとの通信データを損なうことなく、相互に通信をやり取りできるようになります。

デバイス管理技術の展開について

 FDT/DTMは主にヨーロッパ、アメリカなどで普及しつつある考え方です。すでに600以上の現場機器がこの技術をサポートしています。とくにプロセスオートメーションにおいて、現場伝送器のスタートアップ、エンジニアリング、保全などのため、FDT/DTMは多く使われています。

 なお、FDT/DTM以外にもデバイス管理をサポートする技術としてEDD(Electronic Device Description)という方法もあることにも言及しておきます。

 まとめると、現場機器のインテリジェント化が進み、たくさんの情報を機器内にもつようになると、どのようにしてその情報をエンジニア、オペレータ、保全担当者に渡して、活用するかが非常に重要になります。フィールドバスとFDT/DTM、またEDDはこれらの要求をサポートする要素技術になるわけです。

「第8回 デバイスバスとModbusの話」の補足説明
 前回(2006年8月号)のModbusのスピードの説明について、ご質問がありましたので回答します。
 オリジナルのModbusのスピードは19.2kbpsですが、他のスピード(例:38.4kbps)で使用することも
  認められています。


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