エムエスツデー 2006年4月号

データロガー今昔

第3回 DCSの隆盛

 今回はさらに時間を遡り、'80年代におけるデジタル技術とデータロガーにスポットを当ててみます。

 '80年代におけるデジタル技術のトピックとして、DCS(Distributed Control System=分散型制御システム)を筆頭に挙げることができます。

 '70年代の半ば、我が国に登場したDCSは、'80年代に入ると目覚ましい勢いで市場に浸透し始めました。鉄鋼、石油・化学、紙パルプなど主要プロセス産業のユーザーは、新設プラントへの適用のみならず、在来プラントのアナログ計装システムのリプレース用としても積極的にDCSを導入しました。大手計装メーカー各社は、DCSの性能向上、新機能の開発を競い、新形のDCSを矢継ぎ早に市場に投入しました。

 そして、'90年前後をピークとして、我が国には巨大なDCS市場ができ上がり、それに伴いセンサやアクチュエータ、その他の計装機器を含めて計測・制御機器産業全体の市場も活況を呈しました。

 このように、DCSはまさに、'80年代の計測・制御機器産業全体の牽引役としての役割を担ってきました。現在でこそ、PLC計装やパソコン計装などが台頭して制御システムの形態は多様化していますが、石油・化学プラントなどの大規模な計装システムはDCSの独壇場であり、今なおプロセス制御システムのフラッグシップ(旗艦)としての地位を保っています。

 

DCSの特徴

 DCSの特徴は、その名が示すように、大規模なプロセスを複数の小型CPU(MPU=マイクロプロセッサ)で、8~80ループ程度に分散して制御するシステム方式にあります。それ以前のプロセス・コンピュータでは、1台の大型CPUで広範囲な制御対象(数10~数100ループ)を集中処理する方式が一般的でしたから、これは画期的なシステム・アーキテクチュアといえました。

 DCSのもう一つの特徴は、CRT(Cathode Ray Tube:いわゆる、ブラウン管)を表示媒体に使用してプロセスを監視し、キーボードで様々な操作ができる点にあります。この方式は、「ボードレス・オペレーション」と呼ばれました。

  従来のアナログ計装方式では、オペレータは計装盤(board=ボード)に取り付けられた調節計や指示計、記録計などの計器やランプ、スイッチ類に向かって監視、操作を行っていましたが、この新たな方式ではCRTとキーボードがそれらに取って替わるため、「ボード」が不要になるからです。

 DCSでは、CRTとキーボードによる監視、操作の機能については、制御機能とは別の独立したMPUが受けもっていて、このMPUを含むシステムの部位(サブシステム)は、一般に「オペレータ・ステーション(あるいは、オペレータ・コンソール)」と呼ばれました。現在ではHMIやSCADAと呼ばれている機能を担当するサブシステムに相当します。

 なお、制御機器を担当するMPUを含むサブシステムは「制御ステーション」と呼ばれました。

 余談になりますが、DCSのボードレス・オペレーション方式では、密度の高い集中監視、操作が可能になります。このため、アナログ計装方式に比較してオペレータ1人当たりのプラントの守備範囲が格段に広がるために、相当な省力(省人)化が期待できます。'80年代にユーザーがこぞってDCSを導入した大きな理由として、このような経済効果が挙げられます。

 図1に、'80年代半ばにおける典型的なDCSのシステム構成例を示します。また、図2に、'70年代後半のDCS(北辰電機製「総合計装システム 900TX」)用オペレータ・ステーションの外観を示します。

図1 DCSによるデータロガー構成例

図2 総合計装システム 900TX((株)北辰電機製作所製)

DCSにおけるデータロガー機能

 データロガーの機能は、DCSにおける重要な付帯機能の一つとして標準に、あるいはオプションとして装備されていました。

 実際のシステム構成としては、データロガー機能を処理するために専用のMPUを備えるDCSもありましたが、多くの機種では、前述のオペレータ・ステーションのMPUがデータロガー機能としての処理も併せて担当しました。

 プロセスからの信号は、制御ステーションから取り込み、通信バスを経由してデータを収集します。当時のMPUは、現在のパソコンのCPUに較べれば比較にならないほど処理能力が低く、1つのMPUが監視、操作機能の処理とデータロガー機能の処理を兼ねることは、相当に困難なことのように思われます。

 しかし、実際にはリアルタイムOS(オペレーティングシステム)注1)のもとにコンパクトな実行ソフトウェアを走らせて、効率よく処理を行っていました。

 そして、データロガーとして収集、加工したデータは、磁気ドラム注2)やフロッピーディスク、あるいは'80年代半ばからは、ハードディスクなどの外部記憶媒体に蓄積されました。

 蓄積されたデータは、定刻になると帳票(日報、月報)としてプリンタで自動的に印刷し出力することができました。ここで、出力用紙にはあらかじめ罫線やタイトル、データ項目名などを印刷した帳票専用の用紙を使い、決められた位置に英数字や記号などのデータのみをプリンタで印字する方法が採られました注3)。このために、DCSとしての警報印字や操作記録など、各種のメッセージ用のプリンタと帳票用のプリンタを分離する必要があり、1システム当たり最低2台のプリンタを設置しました。

 また、帳票の内容(仕様)を規定するソフトウェアをFORTRANやアセンブラなどの言語で記述していたので、ユーザーの要求仕様を実現するためにはプログラマの介在が必須でした。

 そのために、帳票のエンジニアリングコストが高く、1フォーマット(1頁相当)当たり50万円~100万円程度の定価が付けられていました。なお、エム・システム技研のSCADALINXをはじめとする現在のデータロガー製品の多くには、帳票のビルダソフトが付属しているため、標準的な日報、月報、年報であれば、ユーザーが簡単に帳票の仕様を設定することが可能です。

 さて、前掲の図1は、データロガー機能を含むDCSのシステム構成図です。データロガーとしての入力点数は、これまでの連載で述べてきた内容と同様の条件にしています。

  本システムのトータルコストは、ハードウェアだけで(DCSとしてのパッケージソフトウェアは含めて)約5,600万円です。DCSは、本来の制御システムとしての機能を有するので、本連載の前回(パソコン計装におけるデータロガー)や、前々回SCADALINX)に紹介したシステムの価格と単純に比較することはできませんが、DCSをプロセスの監視、ならびにデータロガーを主な用途として適用した場合でも、ハードウェア構成自体は同等となります。

 以上をふまえ、ご参考にしてください。

注1)処理をリアルタイムに(実時間に合わ せて)実行することを重視し、目的の時間内で処理が完了するように設計されたオペレーティングシステム。主に、計測機器や工作機械などの制御装置に組み込まれるOSとして利用される。代表的なリアルタイムOSとしては‘TRON’がある。
注2)高速で回転するドラムの表面に塗布さ れている磁性体にデータを書き込み、読み出しができる磁気記憶装置。'60年代から'70年代にかけてプロセス・コンピュータの外部記憶装置として多用された。記憶容量は1ユニット当たり64KB程度。
注3)日本語対応のプリンタがDCSに使用 され始めたのは、'90年代以降であった。

SCADALINX は、エム・システム技研の登録商標です。

【(株)エム・システム技研 システム技術部】

 


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