エムエスツデー 2005年7月号

計装 今昔ものがたり

第7回 アナログとデジタル

早稲田大学 理工学総合研究センター 客員研究員 深町一彦

機械式計算機

図1 タイガー計算機 デジタル演算といえば、算盤(そろばん)が元祖ですが、ここでは昔の機械式計算機の写真を図1にお見せします。タイガー計算機といって、手回しで10進加算です。全体が歯車機構の塊です。算盤が加減算に威力を発揮するのに対し、これは乗除算が主目的でした。前面のレバーで数値をセットして、右手のハンドルを回すと1回加算されます。各桁数ごとに数値回数だけハンドルを回しては、桁をずらせて加算を繰り返して掛け算をします。全桁数の歯車が回転するのですから、ガチャガチャとにぎやかな音がしました。割り算は、逆に回して引き算を繰り返し、引きすぎるとチンとベルが鳴るので、1回元に戻すとまたチンとなり、一桁ずらしてまた引き算を繰り返すという業物です。昭和25年頃、三鷹にある東京天文台に行ったときには、大部屋いっぱいの人がわき目も振らずに、あちらでガチャガチャチン、こちらでもチンといった風景でした。これで天体の軌道を計算していたのだろうと思います。大学の卒業論文も、数値計算はこれで計算したものです。その名にちなんでトラの尻尾を回すと言っていました。この操作を電動化したものもありました。大変高価で便利な機械でした。昭和30年頃のオリフィスやコントロールバルブのサイジングは、この機械式計算機で計算されていました。

対数目盛りの威力

 アナログ演算の代表は計算尺です。昔は中学で使い方を習いました。目盛りが対数目盛りになっているので、中尺をスライドさせて長さを足し引きすれば、乗除算になります。万年筆くらいの長さの小型の計算尺をいつも胸のポケットに入れていた気障(きざ)な技術者もいました。長さが短いので読み取りの分解能が低く、暗算で概算してもあまり変わりはありませんでした。

 写真(図2)は、10インチ尺といって、工学部学生の必需品でした。電気技術用と機械技術用とあって、上下の目盛りがπだけずれているのが電気技術用で、中尺をスライドさせなくても、カーソルを上の目盛りに当てて下の目盛りを読むと、πを乗じた値が読めます。機械技術用は上下の目盛りが√10ずれていました。さらに対数目盛りのそのまた対数目盛り、log.logというのまであって、熱力学の計算のときには、冪数(べきすう)が、1.37乗などという難解な計算があるので、なくてはならないものでした。

図2 計算尺図3 計装用計算尺

 同じ計算尺でも図3は計装技術者用で、オリフィスの計算用とコントロールバルブのサイジング用の専用計算尺です。メーカーが展示会などで訪問者に差し上げたりしたものでした。バルブサイジングはこれで充分でしたが、オリフィス計算は、オリフィスで計測可能かどうかの確認程度にしか使えませんでした。

 こうした計算は、やがて電卓にとって代わられ、オリフィス計算やバルブサイジングなどは、プログラムされたパソコン上で行われるようになりました。結構なことですが、電卓がないと暗算ができない人が増えてきました。また、やたらに桁数の多い数値を平然と提出してくる人も増えました。ミクロンはおろか、分子を寸断するような機械加工の寸法を持ってくる奴もいます。

アナログコンピュータ

 動特性のシミュレーションもアナログ計算機でシミュレートしました。真空管アンプの直流増幅ブロックを組み合わせて、積分、微分回路をピンとジャックで組み合わせ、時間軸を調整してシミュレートする装置です。

 私の知っている事例で、無駄時間の多いフィードバック制御系を解析するために、テープレコーダを利用して無駄時間要素を作って、アナログ計算機に接続しようとした例があります。大きなデッキ上に取り付けられた書き込みヘッドと読み出しヘッドの間のテープ・トラックを、プーリを使って何重にも折りたたんで時間を稼ぎ、無駄時間をシミュレートしようとしたものでした。製品としては成功しましたが、プロセスの無駄時間というやつは、机上で作る無駄時間のように一定していなくて、その変動まではモデル化して組み込むことはできず、系の解析は成功しませんでした。無駄時間を含む系の制御手法として、スミスの無駄時間補償制御が発表されたのは1959年だそうですが、プロセス制御で一般に余り使われていない原因は、こうした無駄時間の変動の取り込みの問題ではなかったかと思います。

デジタル情報

図4 78回転用蓄音器(ぜんまい巻き) 法螺話(ほらばなし)ではいくらでも大きなことが言えるように、言語化された数値情報は、いくらでもダイナミックレンジを大きくすることができます。CDの録音は、昔の33回転レコード(昭和30年頃までは78回転が主流でした)に比べて、ダイナミックレンジを大きく録音することができるようになりました。一方で、サンプリング周期の2倍以上の周波数はカットされます。今でも、33回転レコードのほうが高周波域まで再現できるから好きだと耳の良さを誇る通人もいます。確かにアナログ録音には人為的な周波数限界はありません。可聴周波の限界を超えてだんだん聞き取り難くなることと、ノイズの中に埋没してゆくことで、高周波領域は自然消滅してゆきます。それでも、ここに微妙な高音域が入っているのだと思いながら耳を澄ませば、音質は違って聞こえるのかもしれません。我々の聴覚には、カクテルパーティー効果というものがあって、ざわざわしているカクテルパーティーの中でも、聞きたいと思っている人の言葉は遠くからでも通常のS/N比の限界以上に認識できるのだそうです。そういえば、私も面倒な仕事の話に比べると、悪口や褒め言葉はどんな雑音の中でもよく聞こえるようです。

デジタル革命

 今昔物語でアナログとデジタルを取り上げれば、アナログが昔、デジタルは今と定形化しそうですが、量の表現としてのアナログとデジタルは、幾何と代数のように、非常に昔から共存していました。実世界と接触し、事象の隅々まで目を凝らして観察するのは、人のアナログ的感性かもしれません。人は、それを言語化して、言語をツールに論理を構成します。

 今日、デジタル革命といっているのは、量の表現としてのデジタルではなく、対象をデジタル記号化することによって、論理と記憶を何重にも交錯させて、論理的な思考を機械化したコンピュータの可能性と、その爆発的な普及のことを指しています。


ページトップへ戻る