エムエスツデー 2018年10月号

設備と計装あれこれ

第8回
計装の役割3
(計装は打診棒、操業とプラントのすき間を埋める)

(株)エム・システム技研 顧問 柴野 隆三

はじめに

 集合住宅(マンション)も築10年を過ぎるとそろそろ大規模修繕という時期になりますが、修繕時の確認項目の一つに外壁タイルの浮き上がりチェックがあり、異常箇所があると手直し作業となります。筆者も設備全般業務を担当した際に独身寮の外壁タイルのチェックをしたことがあります。打診棒といわれる先が丸くなった金属棒で一つずつタイルの表面をたたいて回るのですが、素人には打音で異常を聞き分けるのは難しかった記憶があります。この打音チェックと似たようなことが製造プラントでの計装の役割においても言えて、設備の一つ一つの計測点はプロセスの状況を知るための一種の打診棒だなと感じます。それでプラントの運転には必要最低限の計測点が用意されますが品質を決める核心部分には計測の手段が無かったりして、そのような時は関連データを時間的に過去のものも含めて集約して演算処理をすることも有効な方法になります。

打音検査

図1 飲料缶の打音検査  いきなり打音という話から始めてしまいましたが、製造のプロセスでも打音により、内容物の状況を知る方法が実用されています。これは筆者が清涼飲料の製造に関与したときの経験ですが、方法として飲料が充填された後の缶底に電磁パルスを与えて缶体を振動させ、そこで発する音を捉えることで行います。たとえばコーヒー缶では充填後の缶内圧は陰圧となりますが、真空の抜けた不良品は反応音の周波数が下がります。図1のようにこの検査は搬送コンベア上で連続毎分1200缶前後行うものです。
 少し異なりますが、製紙でも打音チェックというものがあり、抄紙機の最終段階であるリールに巻かれている製品の巻き固さを打音棒という木製の棒で叩いてチェックする作業で、これにより紙厚さの変動を知ることができます。もっともBM(坪量・水分)計に紙厚計が搭載されてからは打音棒の意味合いは変わってきましたが。

プロセスの変化がわかる真空値の動き

図2 パルプ原料脱気系統図  紙が抄紙機で製品になる過程は主に脱水と乾燥です。脱水の過程はロールの加圧と真空ポンプにより吸引して行われますので、生産状況に変化があったときは真空値の動きを見ることが状況確認の手段となります。紙の脱水はそれほどの高真空ではありませんが、水の蒸気圧と大気圧の変動も考慮に入れておく必要があり、30℃で蒸気圧は4.3kPaあり、大気圧も天候により2~3kPa程度変動し工程に微妙に影響を与えます。図2に示した原料の脱気工程はパルプ液に含まれる空気を取り除くものですが、ここでは微妙な変化を捉えるため絶対圧真空計が使われます。
 相当以前の話ですが、あるとき紙切れが頻発して通紙が完了して生産が開始したあと15分も経たないうちに再び紙切れが発生して操業サイドでは製品が作れずに、考えられるあらゆる対策を取りましたが状況は改善しません。この現象は突如始まって一か月近く続きあるとき復旧したのですが、原因は原料に含まれる異物とか弱小繊維だったろうということだけで問題の結論は判然とせずに終わりました。現在ですとたとえば真空値の変化を高速に観測処理するなどで原因の追求の幅は広がってきています。ただこの騒動中いろいろ調査対処をする過程で、設備の中で品質の変動に思わぬ影響を与えるものと意外にそうでないものがわかってきたことです。

【コラム】因果関係をつかむ

 多くの設備がそうであるように抄紙機では製造中に発生する紙切れを減らし、また発生した際にはその原因を一つずつ追及して解決していくことが品質向上に繋がってきました。従前に比べて紙切れの発生頻度は桁違いに減少してきましたが、そこに至る過程には原料品質の均一化、制御の高度化、装置を駆動するドライブ装置の高性能化などがありました。また高速カメラを使用して紙切れの形状を画像で捉えることもできるようになってきましたので紙切れの原因追及と対策も以前に比べると進んできています。因果関係が把握できると対策も取れるようになってきます。

タワー内の反応進行の把握

 品質改善に最も貢献するのは設備の根本的改善であり、タワー内の反応進行では塔内の不均一な流れや空洞、詰まりが発生しないような構造が求められます。次の段階では発生する変動を制御等で修正して品質の均一化を図ることとなります。しかしながらタワー内での反応はそれを直接捉える測定器がなく、その過程でいくつかの取り組みがされてきました。連続蒸解釜を例にとると木材チップからパルプにどれだけ変質したかを示す情報はタワーから出てこないとわかりません。それがDCSの導入がされて以降、データの集約、統計処理が容易となってきたことで、把握しにくい反応塔内部の状況を類推することができるようになってきました。木材の蒸解は理論的には消費された薬液量と、反応に寄与した温度の履歴ということが言われています。薬液(アルカリ)の消費量は投入濃度と残液濃度を比較することにより数値を掴めるようになってきましたし、温度の履歴についても図3のように各反応ゾーンの温度分布をより細かく把握して原料がどのような温度履歴を持って塔内を移動してきたかを積算処理します。図3の右側は蒸解釜内の温度関数の滞留時間による積算といわれるHファクタを演算する計算手順を示したもので、DCS内のヒストリカルデータを使用して計算を実行させたものです。今回の例のように保存されている履歴データを基に複合演算処理を行って運転状況を掴めるようにしてきたこのような手法は操業サイドがかねてより描いていた筋書きであり、これを実現させたものといえます。 図3 連続蒸解 Hファクタ計算システム


ページトップへ戻る